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−意外に新しい「時代」祭−

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◇ 和宮は祭りの中でも際立って華やかだ ◇
 京都の三大祭りの最後を飾るのが、10月22日の時代祭である。
 「時代祭」という名前に反して、意外にもこの祭の歴史は新しい。明治28年が第1回目だというのだから、わずかに100年余りの歴史があるだけなのだ。
 「100年のどこが『わずか』なのか」と思ってしまうのは短い時間のサイクルに追い回されている現代人の感覚であって、1200年の歴史を持つ京都に比べれば100年などは一陣の風のようなものだろう。
 その証拠に、祇園祭は1000年の歴史があり、葵祭はなんと1400年も前から行われていたという。彼らにしてみれば「何よ、あの生まれてから100年ちょっとしか経っていないひよっこの時代祭が、私たちの仲間入りをするなんて、失礼な話よね」と憤慨していてもおかしくない。

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◇ 巴御前は勇ましい姿 ◇
 まあ歴史があるからといって、単純に偉いというわけではないだろうけれど、時代祭が祇園祭や葵祭と少し趣が異なっているのは確かなことだ。
 基本的に時代祭のコンセプトは「歴史を彩った有名人達を現代に再現しよう」というものである。坂本竜馬が歩き、豊臣秀吉が、織田信長が馬に乗って悠然と進み、紫式部、清少納言が輿に乗る。見た目に分かり易いし、衣装も派手だ。京の歴史、ひいては日本の歴史を再確認できるという楽しみもある。
 だけど時代祭からはショー的なもの、パレード的な雰囲気がかなり強く感じられるのも事実だ。それが悪いといっているわけじゃない。祭というものは多かれ少なかれパレードであるのだから。でも、他の三大祭が持っているような、伝統の儀式としての重みや、ある種の祈りの気持ちようなものが、時代祭からはあまり感じられない。
 たぶん時代祭には、行われなくちゃならない必然性というものが、最初からあまりなかったのだと思う。そもそも最初から「平安遷都1100年の記念に何か大きなイベントをやりましょう」という発想から生まれたものなのだ。けれど100年前はともかくとして、今ではTVドラマや映画なんかで歴史上の有名人は繰り返し演じられているのだから、目新しさという点では少し時代遅れになっているという気もする。

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◇ 輿に乗るのは百済の姫 ◇
 それでもこの京都三大祭りの末っ子は、意外なほど盛況の様子だった。特に2000年の時代祭はちょうど10月22日が日曜日に重なったという事もあって、御所の中は人で埋め尽くされていた。同じく御所を出発した葵祭に比べても、2,3倍の人出はあったように思う。
 とりわけ観客の中に外国人観光客が目立った。日本人にとっては馴染み深い戦国時代の甲冑姿や、平安の十二単なんかも、外国人にして見れば新鮮なものに映るのだろう。様々な時代の風俗が一度に味わえるわけだから、なかなかお得なイベントなのかもしれない。
 時代祭は伝統としての重みやしきたりに縛られていないだけに、取っ付き易く誰にでも楽しめるものなのだ。牛車を見て歓声を上げる外国人観光客の姿を見ていると、末っ子も末っ子なりに頑張っているんだなと思った。
 それにしても総勢2000人に及ぶ大行列は長い。長すぎる。特に行列の後ろをぞろぞろと付いてくる、袴姿のオジサン達はいったい何者だろうと首をひねってしまった。いつ終わるとも知れない行列をもう少しコンパクトに出来ればもっといいのにね、というのは僕だけじゃなく周りにいた人々の一致した意見だった。

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 りりしい男性の姿もあり、もちろん艶やかな女性の着物姿もあり、そんななかで異色(?)なのが大原女・桂女と呼ばれる働く女達。大原や桂の里から野菜や工芸品などの行商で京の町にやってくる女性達のことをこう呼んでいる。それにしてもこのおばさん、祭の行列の一員というよりは本物の桂女なんじゃないのかと思うほど、リアリティーがあるとおもいませんか?
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 御所の砂利道を進む牛車。でも牛も緊張しているのか、行進の途中で止まってトイレ休憩。こうなってしまうと牛は誰の言う事も聞かない。困ったなという周りのオジサン達の様子、手持ち無沙汰な赤い服の子供がユーモラスだった。

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