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| 花びらが疎水を満たしている (00.4.14) |
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| 途中にはこんな光景も (00.4.14) |
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| 花びらの中を気持ち良さそうに泳ぐ鴨 (00.4.14) |
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| 可憐な白い桜 (00.4.14) |
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春は桜、秋は紅葉の名所として知られる名所「哲学の道」は、哲学者の西田幾多郎が思策に耽りながら歩いたという逸話から名前が付けられた。
普段は人通りもまばらなこの道も、この季節だけは狭い道幅いっぱいに人が行き来する。そして、疎水の両側に並んだ桜の美しさに、誰もが息を飲む。
哲学という学問が、生きていくことの根源的な問題を自らに問い掛けるものだとしたら、春の哲学の道はそれに相応しくないだろう。この桜並木を歩く間は、苦悩などは忘れてただ花の美しさに心を奪われてしまうからだ。
西田幾多郎だってそうだったに違いない。
薄曇りの中、太陽がときどき顔を覗かせている。
2000年の京都市内の染井吉野は、4月12日に満開になって、13日に咲き誇り、14日になって一斉に散り始めた。散るときは、本当に一斉に散ってしまう。
14日、哲学の道を流れる疎水は、散った花びらで桜色に満たされていた。流れの上の方で散った桜がゆっくりと下流まで流れている。その中を鴨が悠々と泳いでいる。花びらと戯れているようにも見える。
散った花は疎水の流れを下っていき、やがて鴨川に注ぎ込む。散り終わってしまえば、流れは元の色に戻る。一年のうちに、一日か二日だけしか見られない桜色の流れだ。
花を散らせると、桜は急いで衣更えをするように新しい緑の葉をつけ、夏を過ぎて秋になればその葉が落ち、また春がやって来て花をつける。
桜はゆっくりとした時間の中で、そのサイクルを繰り返している。ちょうど川の水が海に注ぎ込み、海の水は蒸発して雲になり、雨となって地表に降るように。
その循環の中のほんの一瞬を、僕らは捉えているに過ぎないのかもしれない。
| 哲学の道 地図 |
| オススメ度 |
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| 交通 |
市バス銀閣寺道下車 |
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