ベレー帽を被った自称ガイドの男は、次に射撃場に案内してくれた。射撃場といっても特別な設備があるわけではなく、ただの崖に向かって銃をぶっ放すだけの場所である。銃を買いに来たお客は、ここで試し撃ちをしてから、どれを買うか決めるのだという。
「拳銃だと10発350ルピー(700円)。マシンガンだと30発700ルピー(1400円)だ」
 と男は言った。外国人である僕が銃を買うわけにはいかないが、金を払えば試し撃ちをすることはできるのだそうだ。実際、ここを訪れる外国人の大半(と言っても数は少ないらしいが)は、この射撃目当てでやってくるという。ベレー帽の男はそれを当て込んで、ずっと僕につきまとっていたわけだ。

 でも、残念ながら僕は銃というものにほとんど関心のない人間である。ヤクザ映画は嫌いだし、刑事ドラマも見ない。ゴルゴ13に憧れたこともない。
 しかし、僕がいくら「興味ないんだ」と言って断っても、ベレー帽の男は簡単に諦めなかった。
「せっかくこの町まで来たんだから、一度は試してみるべきだ」と男は言った。「あんたの国では、銃を自由に撃つことはできないんだろう? こんなチャンスは滅多にないぜ」

 確かに10発700円で実弾が撃てるというのは、日本人の感覚からすれば安いということになるのだろう。それでもペシャワールで僕が泊まっているホテルの3泊分以上という大金である。
「危険は全くない。それはいつも撃っている俺が保証する」と男は早口でまくし立てた。「よし、わかった。特別に300ルピーにまけておくよ。これ以上はまけられない。それでも撃たないで帰るって言うんなら、あんたは男じゃないな」


 結局、僕は男のしつこさに折れて、銃を撃つことにした。男はマシンガンを強く勧めたが、僕は中国製の拳銃を選んだ。男の指示で、10歳ぐらいの男の子が的にするためのレンガを崖に置きに行った。的までの距離はおよそ30m。初めての射撃にしては、ずいぶん遠い距離だった。

「右手で銃をしっかりと握り、左手で右手の手首を支える。足は心持ち広めに開ける。顔を右肩につける。そして的を狙うんだ」
 男が丁寧に撃ち方をアドバイスしてくれる。中国製の拳銃は見た目よりも重量感があって、伸ばした腕の先が小刻みに震える。片目をつぶって的と銃口を合わせ、息を整えてから引き金を引く。ドーン。
 反動はそれほどでもなかったが、銃声は想像以上に大きかった。右耳がしばらくツーンとして何も聞こえなかった。

この子達も将来は銃職人になるのだろうか?

「弾は上に外れたみたいだな。難しいだろう?」
 と男が言った。そして、「リラックス、リラックス」と僕の肩をぽんぽんと叩いた。でも結局、僕が撃った十発の弾丸のうち、レンガに命中したのは一発だけだった。どうやら僕の射撃の才能はたいしたことないようだ。
「一発当たったんだ。最初にしては、そう悪くはないさ」と男は僕を慰めてくれた。「でも、拳銃よりカラシニコフの方がすごいぞ。ダダダダと連続で弾が出る。気持ちがハイになる。去年ここに来た日本人の女の子は、カラシニコフを100発もぶっ放していったんだ。あれはすごかったな」

 でも僕は「もう十分だ」と言って、彼に銃を返した。右の鼓膜がじーんと痺れていて、これ以上銃声を間近で聞く気にはなれなかった。右手には「これを至近距離で撃ったら、人は死ぬだろうな」という確かな手応えが残った。僕にはそれで十分だった。


旧式の工作機械で作られる銃
 銃の試し撃ちよりも興味を引かれたのは、銃工場だった。なにしろ、コピー品とはいえマシンガンを6000円で作ってしまうというのだ。日本ならエアガンでも数万円はするというのに。いくら人件費が安いとはいえ、彼らはどのようにして激安の銃を作っているのだろうか。

 しかしその謎は、工場を一目見た瞬間に解けてしまった。ダラの銃は全て職人による手作業によって、「家内制手工業」的に作られていたのだ。
 とにかく使っている工作機械が恐ろしいほど古い。マシンガンの銃身は高校の技術家庭科の授業で見かけたような旧式のボール盤で削られ、拳銃の銃口の微調整は金ヤスリをごりごりと押し当てて行う。銃の弾丸をコーティングする機械は、天津甘栗を煎る機械にそっくりだった。
 木製の銃座のラッカー塗りは半分リタイヤした老人の仕事で、遊びなのか手伝いなのかわからないような小学生ぐらいの子供も工具を手にしていた。そこには人を殺す為の道具を作る工場だとはとても信じられないような、牧歌的な雰囲気が漂っていた。

「全部手作業だからね。拳銃1丁作るのに2日かかる。ショットガンは5日、カラシニコフ銃は7日でできる」とベレー帽の男が説明してくれた。彼によれば、ダラにはこのような小さな銃工場が数百はあるという。
 密造銃の工場というからには、ガードが厳しいのだろうと予想していたのだが、拍子抜けするほどオープンだった。写真撮影もOK。むしろ「今度は俺を撮ってくれよ」と向こうから催促されるほどだった。

日だまりの中で、銃座にラッカーを塗る老人達
「この銃は、ちゃんと使えるんですか?」と僕は男に聞いた。
「メイド・イン・ダラの銃は、安いけれど問題もある。時々暴発するし、壊れやすいんだ」
「それでも買う人がいるんですね?」
「たいていは、パキスタンのお金持ちが護身用に買っていくんだ。彼らは実際に撃つつもりはない。ただ銃を持っているという安心感が欲しいだけなんだ。だから、狙いが外れたって構わない。それなら安い方がいい」
「戦争に使うわけじゃないんですね?」
「そうだね。プロはこんなもの使わない。外国からいい武器を買っているさ。ところで、日本では銃は作っていないのかい?」
「銃を作るのも、銃を買うのも、法律で禁止されているんです」
「それは残念だな。日本の自動車や日本のテレビも世界一だ。アメリカよりも優れている。あの技術があれば、きっといい銃が作れると思うんだがな」

 彼の言う通りだと僕も思う。ダラの工場にある貧弱な設備と手作業で、曲がりなりにもマシンガンを作ってしまえるのだから、日本の小さな町工場にあるNC工作機械が一台あれば、高性能な銃を作れるに違いない。銃というのは、自動車のエンジンシリンダーや半導体チップとは比較にならないぐらい単純な機械なのだ。

 ガイド役の男は、「最後に面白いものを見せてやるよ」と言って、ポケットの中から一本のボールペンを取り出した。一見すると何の変哲もない黒いボールペンだが、手に持つとずしりと重かった。
「これはボールペンに見えるが、実は銃なんだ。ここに『Made in JAPAN』って書いてあるが、これはカムフラージュさ。ペンの先を取り外してから、小さな弾を込める。そして後ろのノックを押すと、弾が発射されるんだ。300ルピー(600円)だ。これだったら、日本に持ち込んでも大丈夫さ」
「これで人を殺せるんですか?」
「いや、それは無理だろう。小さな動物なら殺せるだろうがね。以前、ここにやって来た日本人も買っていったよ。どうだい、あんたも買わないか?」

 ベレー帽の男は、試し撃ちの時と同じようにしつこくボールペン銃を売り込んだが、もちろん僕は買わなかった。「スーベニアだ」と彼は言ったが、こんな物騒な土産物を買えば、余計な面倒を背負い込むことになるのは目に見えていた。


 ダラの町を一通り回ってしまうと、ペシャワールに戻るためにタウンエースに乗り込んだ。
「今度はカラシニコフをぶっ放しに来いよ。待ってるからな」
 ベレー帽の男は、そう言って見送ってくれたが、もちろん僕にはこの町に戻るつもりなど全くなかった。

 来たときと同じように、町には銃声が響いていた。しかし、最初は足がすくむ思いで聞いていたショットガンの音も、町を離れる頃にはほとんど気にならなくなっていた。パチンコ屋からけたたましい軍艦マーチが切り離せないように、絶え間ない銃声はダラの町から切り離すことのできないBGMなのだ。そんな風に思えるようになっていた。長旅をしていると、だんだんと神経が図太くなっていくものらしい。

 十人ほどの乗客を乗せたタウンエースがペシャワールに向けて走り出すと、ダラの町並みはすぐにカーブの向こうに消えていった。その後に続くのは、乾燥した岩だらけの荒野だけだった。
 町が視界から消えてしまうと、僕は急に全身の力が抜けたような強い脱力感に襲われた。僕はダラの町にいる間、ずっと緊張していた。そこは普通の日常の原則が通用しない特別な場所で、安全なのか危険なのかも実際に行くまでわからなかったからだ。その緊張感からようやく解放されて、ほっとして力が抜けてしまったのだった。

 でも、脱力感の原因はそれだけではなかった。
 ダラは「銃の町」という勇ましい名前とは裏腹に、実にのんびりとした町だった。特に職人達が小さな作業場で銃を作る姿は、日本の工業団地の一角にある小さな板金工場を思い出させるものだった。僕は元々コツコツと何かを作り上げるのを見ることが好きな人間だから、彼らの手先をただ眺めているだけでも面白かった。

 だけど、彼らが作っているのは、紛れもなく人を殺すための道具だった。拳銃にもマシンガンにも、引き金を引けば相手を殺傷する強い力がある。その暴力的な現実と、目の前の牧歌的な光景とが上手く結びつかなくて、僕は混乱していた。無邪気な笑顔を見せていた子供達が、将来マシンガンを作るようになるのかと思うと、何だかやるせない気持ちになった。

「ダラの武器は戦争には使われない」
 とベレー帽の男は言った。でも、その言葉をそのまま信じるわけにはいかなかった。隣国アフガニスタンでは、いまだに内戦の火種がくすぶり続けているからだ。

 タウンエースに揺られながら、僕は自分の右手を眺めた。
 そこには拳銃を撃ったときの感触が、まだはっきりと残っていた。


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