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ペシャワールからイラン国境に近い町クエッタに至るルートは、大まかに分けてふたつある。ひとつは、アフガニスタンとの国境沿いの山岳地帯をバスで行く方法。もうひとつは、列車でインダス川沿いを南に下り、サッカルを経由してから北上する方法。バスだと24時間ほどで行けるが、列車だと大回りになるので48時間以上かかるという。
列車に比べるとバスの方が圧倒的に速いし料金も安いのだが、安全の面では不安があった。アフガニスタン国境沿いには「トライバルエリア」というパキスタンの法律が通用しない部族地域が広がっていて(あの「銃の町」ダラもここに含まれている)、アフガニスタンのゲリラが出没するという噂があったからだ。
「ゲリラよりも悪徳警官の方が怖いですよ」と教えてくれたのは、ペシャワールで知り合った旅行者だった。「これは別の旅行者から聞いた話なんですが、トライバルエリアには検問所がたくさんあって、警官が乗客や積み荷をチェックしたりするそうなんです。その警官の中に悪い奴がいて、外国人と見ると銃を突き付けて『有り金を全部出せ!』と脅すそうなんですよ。もちろん、そうなったら抵抗なんてしても無駄ですよね」
パキスタンの警察官の悪い噂は他にも聞いていたから、それが旅人のホラ話などではなく、実際の出来事である可能性は十分にあった。警官が強盗をするんだったら、法律も何もあったものじゃないと思うけれど、元々トライバルエリアが無法地帯なのだから仕方のないことかもしれない。
でも、その話を聞かされたからバスで行くのをやめよう、とは思わなかった。ダラの町でトライバルエリアの様子は一応掴んでいたし、もし悪徳警官に遭ったとしても、命までは取らないだろうと踏んだのだ。
慎重さと楽観主義。長旅を続けるためには、この二つのバランスを取るのがとても大切になるのだけど、このときは「まぁ大丈夫さ」という楽観主義の方に針が大きく振れていたのだった。それでも万が一悪徳警官に遭ったときに備えて、財布に300ルピーを入れて、残りのお金は靴底や隠しポケットに仕舞っておく、という自衛策だけは講じておいた。もちろん、これが役立つような状況にならないことを祈りながら。
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バスがペシャワールのコハート・バスターミナルを出たのは、午後4時のことだった。バスは満席の状態で、通路も乗客で隙間なく埋まっていた。それでも収まりきらない乗客は、屋根の上に陣取っていた。
パキスタンのバスの屋根には、風よけのための囲いがある。つまりこのバスは最初から屋根の上に乗客を乗せるつもりで設計されているのだが、だからといってそこが吹きっさらしであることには変わりない。しかも、夜は山岳地帯を、昼は砂漠地帯を行くという極めてタフなルートである。相当な体力と覚悟がないと、耐えられないと思う。
屋根の上の男達は、直射日光と埃を避けるために、顔を布でぐるぐる巻きに覆っていた。その姿は戦場に赴くアフガン義勇兵のように勇ましいものだった。
バスは途中で何度か「PSO」と呼ばれる休憩所に止まった。PSOには広い駐車場とガソリンスタンドがあり、トイレと食堂と売店の入った建物が備わっている。基本的には日本にあるサービスエリアと同じものだ。
日本と違うのは、必ず礼拝所が設けてあることである。たまねぎ型の屋根を持つミニモスクを備えているところもあれば、ただの粗末な部屋を礼拝用に開放しているだけのところもあるが、どのPSOにも必ず祈りのための場所が用意されていた。
バスを降りた乗客は、まず手洗い場に行って手足を洗い清めてから、礼拝所に入る。ムスリムは一日に五回(早朝、正午過ぎ、午後、日没後、就寝前)メッカに向かって礼拝をしなければならないのだが、バスに乗っている間は、この時間通りに礼拝することができない。だから人々は何を置いてもまず、礼拝所へと急ぐのである。
夕食休憩のために止まったPSOは、荒涼とした場所にぽつんと立っていた。道路を行き交うトラックのヘッドライト以外に、人工の明かりは全く見えなかった。地の果てにいるような静けさだった。他の乗客が日没の礼拝を行っている間、僕はチャイを飲みながら夜空を眺めた。深い紺色の空には無数の星々が輝き、東の山の上には満月が浮かんでいた。洗い立てのシャツのように白い月だった。
人々は月光を背にして座り、メッカのある西に向かって頭を垂れている。コーランの一節を低い声で呟いては、頭を地面につけ、再び頭を上げる、という動作を何度も何度も繰り返している。
僕はふとインドとの国境に翻っていたパキスタンの国旗のデザイン――緑の地に白い三日月と星が描かれている――を思い出した。イスラム国の国旗はどれも似通っている。月と星と緑。砂漠に生まれた宗教であるイスラムでは、太陽は忌み嫌われる存在とされ、緑豊かな大地に月と星が輝くのが天国のイメージなのだ、という話を何かの本で読んだことがあった。
不毛の乾燥地帯の真ん中で、月と星の光を背にして祈る人々の姿を眺めながら、僕は思った。イスラムの教えに生きる人々のバックグラウンドは、預言者ムハンマドが生きた時代からあまり変わっていないのかもしれないな、と。
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バスの旅で忘れてならないのが、パキスタン名物のデコトラ(デコレーショントラック)である。
日本でもやたら派手な装飾を施た長距離トラックを見かけることはあるけれど、パキスタンのデコトラはものが違う。気合いの入り方とお金のかけ方が半端ではないのである。
ミャンマーの仏教寺院を彷彿とさせるような全身キンキラで統一されたトラックや、フィーバーのかかったパチンコ台のように目まぐるしく点滅するランプで飾り立てたトラックなど、PSOに並んだ自慢のトラックを見ているだけでも楽しい。
「こりゃ凄いねぇ」
と感心してみせると、運転手達は我が子を褒められたように満面の笑みになる。彼らは自分のトラックの派手さを競い合うことに情熱を注ぎ込んでいるようだった。
「トライバルエリア」に入ると、バスは何度も検問所で足止めされた。この地域を通って、アフガニスタンからパキスタンに流れてくる武器や麻薬を取り締まるための警戒網だという。やはりこのルートは、安全面で大いに問題があるようだった。
バスが止まると、マシンガンで武装した警官が2,3人乗り込んできた。彼らは乗客一人一人の顔に懐中電灯の光を当て、高圧的な態度で目に付いた乗客の鞄を開けさせた。彼らが狭い車内を歩き回るたびに、肩に提げたマシンガンが金具と擦れ合ういやな金属の音が響いた。
このバスに乗っている外国人は僕だけだから、もしこいつが悪徳警官だったら逃げ場はない。彼らは財布の中の300ルピーで許してくれるだろうか。そんなことを考えているうちに、懐中電灯の明るい光が僕の顔を照らし出した。
幸いにして、警官は僕に関心を示すことなくバスを降りていった。その後もいくつかの検問所で同じようなことが繰り返されたが、外国人を不審がる警官はいなかった。夜が白々と明ける頃、バスは最後の検問所を通過して、トライバルエリアを抜けた。車内にはほっとした空気が広がり、車掌が煙草を二本取り出して、一本を自分でくわえ、もう一本を運転手にくわえさせた。二人とも緊張を強いられていたらしく、実にうまそうに煙を吐き出していた。
夜の間、僕はほとんど眠ることができなかった。その原因は、悪徳警官が現れるかもしれないという緊張感だけではなかった。カーステレオから流れてくる音楽が、とにかくうるさかったのだ。
アジアの長距離バスでは、車内で音楽を流すのが当たり前なのだが、音の大きさとしつこさではパキスタンの右に出るものはいない。流れてくるのはインドポップスのデュエットソング。男の甘い歌声と女の金切り声とが折り重なった耳障りな音楽は、乗客を不眠に追い込むための嫌がらせなのかと思うほど、神経を逆撫でするものだった。
ミュージックテープは何百回も繰り返し再生されているために音質は最悪なのだが、そんなことは誰も気にしない。彼らは音楽さえなっていれば、それで満足なのだ。ここで言う「彼ら」とは、もちろん運転手と車掌のことである。音楽は乗客のためのサービスではない。あくまでも運転手と車掌のためにあるのだ。
ちなみに僕らの乗ったバスの横腹には、「VIP」と大きく書かれていた。何かの皮肉みたいに。
「まぁVIPなんて、ただ書いてあるだけさ。『Very Important Person』じゃなくって、『Vehicle Ignoring Passenger(乗客を無視する車)』ってところだな」
と言ったのは、休憩の時に話をするようになったサマダーという貿易商の男だった。なかなか上手いことを言う人である。座布団一枚あげたいぐらいだ。
「要するにだね、この音楽は運転手が眠らないためのものなんだよ。交代はいないから、運転手はたった一人でクエッタまで運転しなくちゃいけない。その彼が眠ったらどうなる? 俺たちは天国行きさ。そうなるよりはマシだろう?」
パキスタン人の乗客も、この音楽にはウンザリさせられているんだと知って、いくらかほっとした気持ちになった。でも、「音楽を止めてくれ」と文句を言う乗客が誰もいないのは何故なのだろう。
「バスの中では、誰もが運転手の言うことに従わなくちゃいけないのさ」
サマダーさんはそう言って首を振った。休憩をいつ取るのかも、音楽をかけるかかけないかも、全ては運転手のさじ加減ひとつなのだ。ちなみに車内で煙草を吸ってもいいのは運転手と車掌だけで、他の乗客が吸うと怒鳴られる。どうやらパキスタンの長距離バスでは、運転手は横暴な専制君主であり、車掌はその忠実なる家臣であり、我々乗客は哀れな農奴である、という構図になっているらしい。
「運転手がヘッドフォンをすればいいじゃないですか。それなら聞きたいだけ音楽を聞くことができる」と僕は言った。
「うん、そりゃあ良い考えだ」とサマダーさんは頷いた。「でも、今までにそんなことを考えた奴は誰もいないんじゃないかな。私もそのアイデアが実行されることを願うよ」
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