マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
「実際のところ、もう『文化の植民地化』は始まっているんです」とマハーディ君は言った。「この寮の連中も毎日の礼拝を欠かすようになっています。イランの素晴らしい伝統文化は、今守らなければ永遠に失われてしまうものなんです」
「文化の植民地化とは、どういうことなんだろう?」
「例えばロックミュージックです。マイケル・ジャクソンやマドンナです。ああいう音楽は、イランの若者に悪い影響を与えます。だからこの国では売ることを禁止されているんです」
 1979年のイスラム革命以後、イランでは退廃的・反イスラム的だと見なされる出版物や音楽が検閲の対象になったと聞いていたが、それが今もまだ続いているらしい。それにしてもマイケル・ジャクソンとはいささか古い。

「それでもアメリカで録音したミュージックテープを、こっそりイランに持ち込んでいる連中がいます。それはイランの文化を攻撃しようとするアメリカの企みなんです。プロパガンダなんです。彼らは軍隊だけではなくて、いろんな手を使ってくるんです。ロックミュージックもハリウッドムービーもその手段なんです」
 マハーディ君はアメリカの話になると、抑制が利かなくなるようだった。しかしアメリカがロックでイランの文化を破壊しようとしているというのは、あまりにも突飛な話だと思う。

「固有の文化は守らなければならないと思う」と僕は言った。「だけど文化に対する攻撃なんてことは、誰もしていない。アメリカの文化はパワフルで、とても魅力的なんだ。だから世界中の若者が惹きつけられる。その結果として文化が変化しているだけだと思う。アメリカ文化を無理に規制することは、あまり効果がないと僕は思う。文化はどこからだって入ってくる。いくら検閲をしても、それを欲しがっている人がいれば、いつかは入ってくるものじゃないかな」

 イランの町を歩くと、「反米」や「反西欧文化」という立場とは裏腹の、「アメリカ的なもの」をたくさん見かけた。町の売店には「コカコーラ」に味もデザインもそっくりの「ザムザムコーラ」というドメスティックコーラが置いてあったし、「ケンタッキー・フライドチキン」によく似たファストフード店もあった。学生達の格好だってジーンズにTシャツ、靴はナイキのスニーカーである。西欧文化に警戒心を抱きながらも、同時にそれに憧れてもいる。ムスリムとしての建前と、物質的豊かさへの憧憬。多くのイラン人はそんなアンビバレンツな心情を抱いているのかもしれない。


市場でナスを売る男
「君はイランが取るべき選択肢は二つしかないと言う。『アメリカ文化に完全に染まってしまうか、それとも全くアメリカ文化を受け入れないか』だと。でもその考えは正しいんだろうか? 欧米の文化をある程度受け入れながら、イランの伝統文化を守っていく。そういう道もあるんじゃないだろうか?」
「侵略を黙って受け入れろ、というのですか?」
「そうじゃない。扉を開けるべきだって言っているんだ」

 オープン・ザ・ドア。扉を開ける、という言葉に反応した学生がいた。ホマユーンといういくぶん気弱そうな男だ。
「今のイランは閉ざされた国だと思います」彼は遠慮がちに言った。「僕らがいくら大学で勉強しても、今のイランではいい職に就くことができません。仕事がないんです。だから多くの学生がヨーロッパやアメリカに出ていきます。僕たちもあなたの国のように豊かになりたい。そのためには他の国に向かって扉を開けることが必要だと思います。ただ、その結果伝統文化が犠牲になるようなことがあってはいけないと思うんです」

 集まった学生達がみんなマハーディ君のような保守的な考えを持っているわけではなかった。彼らはイスラム革命後に生まれた世代である。イスラムも大事だけれど、経済発展も重要だという現実的な考え方が出てくるのは、ある意味では当然なのだろう。石油という資源を抱えながら、この国の経済は長い間不振を極めている。

「あなたもさっきこう言いましたよね。日本の伝統文化がアメリカ文化によって変わってしまったと」
「アメリカ文化の影響だけじゃない。この50年でいろんなものが変わったし、今も変わり続けているよ」
「それじゃ、変わらなかったものは何ですか?」
「変わらなかったものか・・・」
 僕はその質問にすぐに答えることができなかった。変わることのない日本の文化とは何か。とても難しい質問だ。

「僕が生まれ育ったのは、京都という町なんだ」と僕は言った。「1300年以上の歴史があって、日本の皇帝が住んでいた町だ。京都のことを知ってる?」
 学生達は首を振った。一人だけが、『地球温暖化防止京都会議』のニュースで、キョウトの名前を聞いたことがあると言った。京都の知名度の低さはイランに限ったことではない。他のアジアの国々でも同じように、「キョウトなんて聞いたことがないねぇ」とよく言われた。「サイタマ」や「カワサキ」や「フクオカ」は知っているのに、「キョウト」は知らないという人もいた。これも日本という国が文化的側面より経済的側面にばかり注目が集まる存在だという表れなのだろう。

「とにかく僕はその京都に20年以上住んでいた。とても美しい町なんだ」
 そう前置きして、僕は話し始めた。難しい話ではない。自分の家の近所がどんな場所なのか、それを思い出しながら話した。
 僕の家のすぐ裏は、小高い山になっている。古い雑木林が日差しを遮っていて、山の中はいつもひんやりとしている。頂上には小さな神社がある。赤く塗られた「トリイ」という門をいくつかくぐると、狐の石像が置いてある場所に出る。狐は神の使いとされている。毎年春になると桜の花が満開になる。何十本もの木々が一斉に花を付けて、それは見事な眺めなんだ。石畳の階段を下っていくと、仏教のお寺が見えてくる。ここは秋になると、木々の葉が紅い色に変わる。急に冷え込むと、燃えるような鮮やかな紅い色になる。冬になると葉は散ってしまう。年に二三度は雪が積もる。雪が降った朝は、お寺の屋根が真っ白い色になる。

「京都の町も確かに変わった。だけど、僕が今言ったような季節の色や、空気の匂いなんかは、百年前と比べてもあまり変わっていないと思う」
 マハーディ君とホマユーン君、それに他の学生は黙って頷いた。彼らの頭の中にどんな京都が描かれているのだろうと、ふと考える。僕のつたない英語力のせいで、とんでもない京都がイメージされていないことを祈るばかりだ。

「日本というのはテクノロジーの発展した国、ビルディングや工場のイメージしかなかったけれど、それは間違いだったようですね」
 とホマユーン君が言った。
「それは僕にとってもおなじだよ。イラン人がどういう人なのか。何を考えて、何を食べているのか。ここに来て君たちと話をするまで、僕は全く知らなかったんだ」
「日本の大学生とイラン人の大学生では、どこがどんな風に違いますか?」
「そうだなぁ・・・」
 そう言って僕は窓の外を眺めた。ロープに吊されたTシャツとタオルが、気持ちよさそうに風に揺れている。
「そんなに違いはないと思うよ。学校に行ったり、友達と話をしたり、時々遊びに出かけたりしてた。まぁ部屋に飾っている写真は、ホメイニ師ではなかったけどね」
 そう言うと、みんなが声を上げて笑った。
「ハタミ大統領も演説で言っていました。『今こそ文明の対話が必要なのだ』と。僕らはイスラムではない国のことも知らなければいけない。だからあなたの話をもっと聞きたいですね」


 僕らのディスカッションは「文明の対話」と呼べるほどたいそうなものではなかったけれど、学生達からの質問は途切れることがなく、話し合いは夜中まで続いた。英語の得意な男もいれば、全く話せない男もいたけれど、異邦人に対する強い好奇心は全員に共通していた。特に僕が旅したアジアの国々の様子を話したときは、彼らの目が一際輝いた。
「僕は将来外国で勉強したいと思っているんです」と数学で僕を打ち負かしたジャマール君が言った。「でもイランでは誰もが外国に行けるわけではない。お金だって必要ですからね。自由に旅ができるあなたが羨ましいですよ」

 単調な生活を送る彼らにとって、僕の存在は格好の刺激剤だったのだろう。日本なら漫画があるしテレビがある。酒もあるし麻雀もある。女の子とデートだってできる。そういう娯楽にあまり接する機会のないイランの大学生の暮らしぶりは、僕から見ればかなりストイックだった。まるでどこかの修道院にいるみたいだった。2日間過ごすのは構わないけれど、ここに何年もいたら息が詰まってしまうに違いない。

 結局、僕が床についたのは深夜の3時半だった。その頃にはくたくたに疲れ果てて、これ以上何も答えられないし、何も聞きたくないという状態だった。頭脳的、あるいは語学的バーンアウト状態である。
 しかしとにかく、くたくたになるまで学生達と話をすることで、イラン人の若者が何を考えているのか、何を求めているのかが、少しは理解できるようになった。でもそれと同時に、僕と彼らとの間に横たわる大きな「溝」の存在もはっきりと見えてきた。それは宗教という溝だった。彼らはイスラムを信じている。そのことに疑いを差し挟む余地はない。生まれたときから彼らは神と共にある。イスラム抜きで日常生活を送ることはできないし、イスラム抜きでは政治も語れない。
 イスラムとは個人的な信仰以上に、深く社会に根ざしたものなのだ。日本人のように「信じたい人が信じればいい」というような宗教観は、彼らには理解しがたいものなのだ。だから僕らの話し合いは、ある時点から平行線を辿ることになった。

 僕はもう一度額に入ったホメイニ師の肖像写真に目を向けた。ホメイニ師は相変わらず頑固そうな目つきでこちらを睨みつけている。そのホメイニ師とマイケル・ジャクソンが、「文明の衝突」という名のリングで戦っている姿を想像してみる。最初はホメイニが優勢なのだが、ラウンドが進むごとにマイケルも挽回する。一進一退の攻防。果たして最後に勝つのはどっちだろう。
 そんな答えの出ない夢想を途中で切り上げて、僕は瞼を閉じた。


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