写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ「旅空日記」


 彼女が日本に帰ってしまってから、イマダブは抜け殻のような日々を過ごした。仕事にも行かず、食べ物さえろくに食べずに、一日中彼女のことを考え続けた。恋の病に罹ったのも、生まれて初めてだった。
 ヨルダンと日本の間を、手紙が何度か往復した。何度か電話もかかってきた。そんな日々が数ヶ月続いた後に、とうとう二人は結婚することに決めた。彼女は飛行機に乗ってヨルダンにやってきた。そして首都のアンマンにある彼の実家で結婚式を挙げた。
 唯一の問題は、彼女がムスリムではないということだったが、それは一枚の書類で済んでしまった。つまり彼女がムスリムに改宗したという証明書だ。実際に彼女がイスラムに帰依したわけではなかったが、彼にとってはどちらでもよかった。

「でも僕らは一緒に住まなかった」
 サングラス越しに穏やかな波を見つめながら、イマダブは言った。3ヶ月に1度、彼女は飛行機でヨルダンにやってくる。そしてしばらく二人一緒で暮らしてから、彼女だけがまた日本に帰っていく。
「そのことで親戚や友達からいろいろなことを言われたけど、気にしなかった。僕のおじさん連中なんて、いまだに『そんなのは夫婦じゃない。さっさと別れて、俺の娘と結婚しろ』って言ってくる。大部分のヨルダン人は今でも親が決めた相手と――たいていは自分のいとこと――結婚するものなんだ。でも正直言ってうんざりしている。奇妙な夫婦だってことは僕も認めるよ。でもこれは僕の人生であって、彼らの人生ではないんだ」


 ウニに刺された右足の痛みがいっこうに引かないので、僕は熱い砂の中に足を突っ込んで(これもイマダブ流治療法らしい)、しばらく体を休めることにした。イマダブは「また潜ってくるよ」と言って、海に走っていった。
 それにしても世界には不思議な夫婦がいるものだ。僕はイラン人の妻がいながら女遊びにも精を出すラオスのイーさんや、日本とバングラデシュに二人の妻を持つ強者・ビダンさんのことを思い出した。イマダブの夫婦生活もその二人に負けず劣らず奇妙なものだった。

 イマダブはとても純粋な男だ。彼は彼女に惚れ込んでいる。そのことははっきりしていた。きっと彼の頭の中には「恋愛=結婚」という図式しかなかったのだろう。だから中途半端な関係よりも、「結婚」という形を望んだのだ。
 しかし、この夫婦の行く末はどうなるのだろう。今の関係がいつまでも続くものでないことは、イマダブ自身がよくわかっているはずだ。彼の純粋さが、彼自身を傷つける結果にならなければいいのだけど。


 椰子で編んだパラソルの隙間から漏れてくる日差しが眩しくて、二度目の昼寝から目を覚ました。イマダブはパラソルの柱にもたれながら、ノートにペンを走らせていた。
「何を書いてるんだい?」
 僕が声を掛けると、彼はペンを置いて顔を上げた。
「妻への手紙だよ。僕はここへ来ると、手紙を書くことにしているんだ。そうだ。もしよかったら、この手紙を日本語に訳してくれないかな? 一度日本語で手紙を書いてみたかったんだ」
 お安いご用だ、と僕はノートを受け取った。


 親愛なるユキコへ。お元気ですか? 僕の方は全く問題ありません。ただひとつ、君がそばにいないという事実を除いては。
 毎晩僕は君の夢を見ます。僕は夢の中で君と話をします。夢の中で君を感じています。僕は君を愛しています。今も、そしてこれからも、ずっと変わらず。


「ストレートな言葉だね」と僕は言った。
「僕は文章を書くのが得意ではないから、他にどう書けばいいのかわからないんだよ」彼は照れ臭そうに言った。
「二人の会話は今でも英語なの?」
「そうだね。彼女はアラビア語が話せないし、僕も日本語が話せない。でもね、二人でこのビーチにいるときは、言葉なんて必要ないんだよ。彼女が何を望んでいるか、僕が何を考えているか、お互いの目を見ればわかるんだ」
「僕なんて日本人の女の子と日本語で話をしているのに、いつも誤解ばかりされている気がするけど」
 僕がそう言うと、イマダブはチャーミングに笑った。きっと冗談だと思ったのだろう。半分は本気なんだけどな。


「僕と彼女が喧嘩したことってほとんどないんだ。でも、レストランで僕が料理を注文して、食べきれないで残したりすると、彼女はものすごく怒るんだよ。『もったいないじゃない! どうして食べないのよ!』ってね。でもこっちではそれが当たり前なんだよ。料理もすごく安いんだから」
 確かにアラブ諸国の食堂では、たくさん注文して全部食べずに残す人が多かった。食べきれないぐらいの料理でもてなすというのが、アラブ流の礼儀なのだそうだ。僕がチャイハネでチャイを飲んでいるときも、まだ半分以上残っているグラスをウェイターは平気で下げようとするのだった。そんな場面に出くわすと、彼らには「もったいない」という感覚があまりないのかもしれないと思えてくる。

 アジアの農耕民族は「もったいない」という感覚を共通して持っていると思う。いくら日本が飽食の時代を迎えたといっても、出された料理を残すことへの抵抗感は、誰もがある程度は持っているはずだ。それに対して、古来から商人であるアラブ人には、食べ物を作る人や食べ物それ自体への感謝の気持ち――すなわち「もったいない」という感覚――が、希薄なのではないだろうか。

「それと、もうひとつ理解できないのは、彼女が僕と一緒に食事をしたりホテルに泊まったりするときに、必ず自分の分は自分で払おうとすることなんだ。ヨルダンでは、男が全て払うのが当たり前なんだ。僕だってそうしたいと思う。だけど彼女はそれを嫌がるんだよ。どうしてだと思う?」
「きっと君の奥さんは君と同じ立場でいたいんだと思う。つまり女が男に付き従うというのは、フェアーじゃないってことだ。日本ではそれが当たり前なんだ」

「君の言っていることはわかるよ」とイマダブは言った。「でも僕は男なんだ。父のように強い男ではないかもしれないけど、家族を守れるような男になりたいとは思っている」
 男らしくありたいという意識は、イスラムの国々に共通するものだった。しかし、それが現代の日本女性の価値観とは相容れないものであることは、容易に想像がついた。

「だけど今の僕は、そんなことを言える立場にはないんだ。僕の仕事は、この先ずっと続けていくようなものじゃない。でも彼女にはちゃんとした仕事がある。お父さんが経営していた会社――その内容は僕もよく知らないんだけど――を引き継いでいるんだ。彼女のお父さんは僕らの結婚に最後まで反対していて、そのことで彼女とは険悪な関係になってしまったらしいんだけど、それからすぐに亡くなってしまったんだ」
 イマダブはふーっと大きくため息をついて、エメラルド色の海に目をやった。

「観光船のガイドは楽しいし、給料だって悪くないんだ。日当は8ディナール。11ドルぐらいだね。週に3日も働けば、僕一人が暮らすのには十分な収入になる。でも、そろそろ人生を変えるべきじゃないかと思っているんだ。いつまでもこんな暮らしをしているわけにはいかないからね。やっぱり夫婦は一緒に暮らすべきだと思う。だけど今僕が日本に行ったところで、僕には何もできないし、結局は彼女の世話になるだけだと思う。それは絶対に嫌なんだ。彼女に養ってもらうわけにはいかないんだよ」
「君が男だから?」
「そう。僕が男だから」


 太陽が西に傾き、少し風が出てきたので、そろそろ帰ろうかと僕らは立ち上がった。イマダブは「お土産にあげるよ」と、ポケットの中から白い巻き貝の貝殻を取り出した。さっき海に潜ったときに見つけたのだという。
「この貝には、家を引っ越しする生き物が入っていたんだ。英語でなんて言うのか知らないけど」
「日本語だと『ヤドカリ』だね」と僕は言った。英語の名前は僕も知らなかった。
「君は半年以上旅を続けているって言っていただろう? だからこの貝がぴったりだと思ったんだ」

 なるほど。海の世界から見れば、旅人はヤドカリみたいな存在なのかもしれない。新しい土地に行き、新しい宿を見つけてそこにもぐり込んで眠り、次の日も新しい宿を探すために歩き続ける。
「そろそろ僕も新しい宿を見つけるときなのかもしれないね」
 イマダブは独り言みたいに言った。
 でもその時にはこの美しい「庭」を捨てることになるんじゃないのか、という言葉は僕の胸の中にしまっておくことにした。


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