写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ「旅空日記」


 ブダペストには1週間滞在した。長くいても3日で次の街へ移動していた僕にとっては、異例の長期滞在である。もっとも日本人宿にいる他の旅人達(もちろんあの「不思議ちゃん」も含めて)に言わせれば「1週間なんてあっと言う間じゃない」ということになるのだけど。

 1週間滞在したと言っても、観光に出歩いたのは最初の二日ぐらいで、あとはこれと言って何もせずにだらだらと過ごした。ベッドの上で本を読んだり、他の旅行者と旅の思い出話に花を咲かせたり、安ワインを買ってきて飲んだり、ノートパソコンに向かって日記をつけたりして毎日を過ごした。

ドナウ川の流れ

 日本人宿という空間にしばらく身を置いてみると、ここに長居したくなる旅人の気持ちがよくわかった。
 見知らぬ土地を旅していると、常にどこかが緊張した状態が続くから、知らない間に神経がくたびれてくる。だけど日本人宿の中にいる限り、そのような緊張感とは無縁でいられるのである。言葉が容易く通じるからコミュニケーションを取るために多大なエネルギーを使うこともないし、「もしかしたらこいつは盗人ではないか」と警戒線張り巡らせる必要もない。
 当然のように自分が日本人の中にいるということの居心地の良さは、旅の疲れがピークに達していたことと相まって、次の町へと旅立つ決心を一日また一日と遅らせることになった。


 宿の中で一番よく話をしたのは、僕にこの宿の存在を教えてくれたジュンさんだった。彼は札幌にある広告代理店を辞めて、長旅に出た人だった。
「仕事自体は面白かったし、やりがいだってあった。だけどある時、自分が何も生み出していないってことに気が付いたんだ。広告代理店っていうのはクライアントと広告製作会社を繋ぐだけの商売なんだ。まぁ言ってみれば寄生虫みたいなもんさ。自分の人生がそんな風にして終わってしまうのが耐えられなくなったんだ」

 ジュンさんの旅のスケールは僕よりも遙かに大きかった。3年かけて世界を一周する予定なのだという。
「しばらくブダペストでのんびり過ごしてから、ドイツへ行って中古車を買うつもりなんだ。ヨーロッパを回るには車が便利みたいだから。それからアフリカを南下しようと思っている。後のことはまだ考えていないけどね」

 僕とジュンさんは出会ったばかりだったけれど、古くからの友達のような気持ちで話をすることができた。僕らの旅のルートには共通する場所が多かったということもあるし、何より彼の話しぶりがとても面白かったのだ。

 二人で安いワインを飲みながらとりとめもない話に花を咲かせていた夜、ジュンさんはいつになく真面目な顔になって、日本に残してきた恋人の話を始めた。
「彼女はとても頭のいい人なんだ。僕とは全然違ったものの見方をする。そこに惹かれたんだよ」
 ジュンさんはハンガリー産の煙草に火をつけて、深く吸い込んだ。
「事情がとても複雑なんだ。彼女は僕よりもずっと年上で、結婚もしている。今は別居状態だけどね。離婚するかしないかは、彼女の問題だと思う。僕はどちらでもいいんだよ。それは書類だけの問題だから。でも当然のことだけど、彼女はとても悩んでいる。それなのに僕は彼女を残して旅に出てしまった。それも普通の旅じゃなくって、何年もかかるような旅にね。彼女には申し訳ないことをしたと思っている」

 ジュンさんが旅に出て一年経ったころ、彼女がイスタンブールにやってきた。どうしても彼に会いたくなったのだ。
「僕らは1年ぶりにイスタンブールで再会して、しばらく一緒に過ごした。そのあと彼女は日本に帰って、僕は旅を続けるつもりだったんだ。でも僕にはそれができなかった。彼女だけに寂しい思いをさせているのは間違っていると思った。それで僕も飛行機に乗って日本に帰ることにしたんだ」
「でも旅は終わらなかったんですね?」
 と僕は言った。だからこそ、彼は今ここで僕と話をしているのだ。
「そう。結局、僕はまた旅の続きを始めることにしたんだ。どうしてそうなったのかは、僕にもよくわからない」

 ジュンさんは黙って煙草を吹かせながら、しばらく物思いに耽った。大切なものがあることをわかっていても、旅に出ることに決めたジュンさんの気持ちは、僕にも何となくわかった。だけどそれを敢えて口にはしなかった。彼の方でもそんなことは望んでいなかっただろうから。

 旅人が旅に出た理由や、残してきたものや、得たものや失ったものを語るとき、僕はいつも少し切ない気持ちになる。それはたぶん話し相手と自分とが重なって見えてしまうからなのだと思う。
 長旅に出ようという人には、どこかしら歪んだ部分があるように思う。それは元々僕らの中にあった歪みなのだろうか。それとも長旅という特殊な状況が生じさせたものなのだろうか。そんなとりとめもないことを考えているうちに、夜は更けていった。


 ヘレナハウスはブダペスト市内にいくつかある日本人宿の中でも人気が高い宿で、いつもベッドが客で埋まっている状態だったので、僕は同じアパートにあるスーザンハウスという宿に移ることにした。スーザンとヘレナはお互いの客を紹介し合う業務提携のようなものを結んでいるらしかった。

 スーザンハウスでは二人の大学生と仲良くなった。梅ちゃんという男の子と、ミホちゃんという女の子で、二人ともまだ二十歳だった。
 ミホちゃんはロシア語が堪能で、今までに何度かロシアを旅したことがあるという女の子だった。
「前からロシアに興味があったわけじゃないんです。でも大学に入ったときに、金髪の女の人が私に手招きしたんです。『こっちへいらっしゃい』って。その人がロシア語の先生だったんです。言われるまま何となくその授業を聞いているうちに、ロシア語が面白くなっちゃって。そのあとロシアにはまっちゃったんです。将来はロシアの森林局に勤めたいって思っているんです」
「ロシアの森林っていったら、あのツンドラ?」
「そう。針葉樹林とか永久凍土とか、そういうものに興味があるんです」
 永久凍土に興味があるという女の子は、なかなか珍しいのではないかと思う。彼女は僕にロシア行きを勧めてくれた。何が面白いかと言われると表現しにくいけれど、とにかく面白い国なのだと。寒いのが苦手なんだ、と僕が言うと、ロシアだって夏は暑いんですよ、と彼女は笑って言った。

 梅ちゃんは重いギターを抱えながらヨーロッパ各国を旅していた。ムーミンに出てくるスナフキンのように、放浪の旅と言えばギターだと思ったらしい。
「でも、ほんとはギターを持ってきたこと、ちょっと後悔しているんです。重いんですよね、これ」
 僕の隣で演奏を聞かせてくれた後で、彼はぼそっと呟いた。バックパックを担ぐだけでも十分重いのに、さらにギターケースを持って旅をするのは結構辛いと思う。スタイルから入る旅というのも、なかなか大変なようだ。

 彼らと一緒に話をしたり酒を飲んだりしていると、学生時代の気分が蘇ってくるみたいで楽しかった。それぞれに夢があり、それぞれに悩みがある。彼らの未来はまだ曖昧としたもので、だからこそ様々な可能性が広がっている。とは言え、梅ちゃんがブダペストの国会議事堂を見学して帰ってきた直後に、「僕、国会議員になります」と宣言したのには大笑いしたけれど。

「一日中宿の中にいて、一体何をしているんですか?」
 ある夜、ミホちゃんが僕に言った。
「長く旅をしている人って、みんなそうなっちゃうんですか?」
 そんな風に言われて、僕は返す言葉が見つからなかった。
 旅をしない旅人。一日中ベッドの上でゴロゴロとしているだけの旅人。日本人宿に来たばかりの頃は、そんな旅人のことが全く理解できなかったのに、一週間後には自分自身がそうなっていたのだった。
「そろそろ旅を終えるべきだと思っているんだ」と僕は彼女に言った。「でも、その決心がなかなかつかないんだ。どこへ行けば旅が終わるのかが、わからなくなっているんだよ」


 東ヨーロッパに入ってから、僕は「既視感」のような感覚を何度も味わうようになった。どの町を歩いていても、以前に歩いたことがあるような気がしてしまうのだ。
 ブダペスト西駅の隣に建つショッピングモールに入ったときも、そのような既視感を感じた。そこは吹き抜けのエントランスホールには巨大な人口の滝が設置され、ガラス張りの天井から明るい日差しが差し込み、最上階にシネマコンプレックスと大型電気店がある、というようなモダンなモールだった。
 夏服を着たマネキンが明るいショーケースの中でポーズを決め、電気店の前に並べられた何十個ものブラウン管にはウィンブルドンを戦うアンドレ・アガシの顔が映し出される。その中をカップルが手を繋いでウィンドウショッピングを楽んでいる。

 そんな光景をベンチ座ってぼーっと眺めていると、自分が今どこにいるのかよくわからなくなってきた。近代化した町の洗練された消費文化というのは、国が違ってもほとんど同じに見える。日本でもハンガリーでも、同じようにGAPのショップがあり、ナイキのシューズが並び、ソニーのテレビが並ぶ。

 アジアの旅は言うなれば急流のような日々だった。目にするもの全てが新鮮で、毎日が一瞬のうちに過ぎ去っていった。アジアの日常は日本の日常とはまったく違っていた。その両者の水位があまりにも違っているために、旅は急流となり、そこで過ごす時間はあっという間に流れていった。
 しかしヨーロッパで目にするものは、日本の日常とそれほど変わらないものだった。少なくとも僕の目にはそう映った。アジアで感じた驚きや新鮮さは、ヨーロッパの旅では得られなかった。そして僕の旅は停滞を始めた。宿から外に出ることなく、だらだらと過ごすようになってしまったのだ。

 旅が停滞を始めたのは、ヨーロッパのせいだけではなかった。長期旅行者にとって宿命のような問題「好奇心の摩滅」という病に直面していたのだ。長く旅を続けていると、次第に新しいものへの興味が薄れてくる。目の前の世界が新鮮さを失い、既視感がその隙間を埋めていく。旅慣れていくにしたがって、感受性が鈍ってくる。

 以前にも「好奇心の摩滅」を感じたことはあった。インドでもイランでもギリシャでも、やはり退屈を感じ、旅することを意味を見失いかけていた。そんな時、僕は移動スピードを上げることで、退屈さから逃れようとした。次々と見知らぬ土地に行き、新たな刺激を自分に与え続けることによって、旅に飽きることを避けていたのだ。
 しかし、同じクスリを繰り返し使うとその効き目が薄れてくるのと同じように、この方法にもやがて限界が訪れることになった。

 次の町に移動しなくてはいけないことは頭ではわかっている。でも体がそれに反応しない。それじゃ一体どこに行ったらいいんだろう。そんなことをベッドの上で考えているうちに、一日が終わってしまうのだ。自分の体から根が生えてきて、ベッドに絡みついているみたいだった。

 ヘレナハウスでミホちゃんに「ここで何をしているんですか?」と素直な疑問をぶつけられた日、僕はブダペスト市街を流れるドナウ川の流れを見に行った。それは流れているのか流れていないのか、よく見ないとわからないほどゆっくりとした流れだった。川幅は広く、水面はとても穏やかだった。その悠々たる流れは、ヨーロッパで停滞を始めた僕の旅の勢いそのもののように思えた。

 これまでは、ただ流れに身を任せていれば良かった。なにも考えなくても、ブダペストまで流れ着くことができた。でもこれからは違う。自分の意志で旅を終えなくてはいけない。自分の足で日本に帰らなくてはいけない。そのことははっきりとしていた。
 僕が取るべき道はふたつあった。旅の終わりを素直に受け入れて西欧に向かうか。流れに逆らうようにして再びアジアへ戻るか。

 しかし、それは考えるまでもないことだった。答えは既に僕の中にあったからだ。僕は一度アジアを離れることで、自分がどうしようもなくアジアに惹かれているということを知った。あの匂い、あの混沌、あの瞳にもう一度出会いたいと思った。
 もう一度アジアへ戻ろう。ヨーロッパを北上し、ロシアからモンゴル、そして中国へ行こう。そのような「ユーラシア一周」のルートが僕の頭の中に浮かんだ。

 僕は適当な小石を掴んでドナウの流れに投げ込んだ。小石は緩い放物線を描いて落下し、水面に小さな波紋を作った。
 僕の「旅の終わり」は、こうして始まった。


メルマガで「たびそら」を読もう→ メールアドレス:
prev index next