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ドストエフスキーやトルストイといった文豪を生み出した国だけあって、ロシア人は読書家である。それは地下鉄や夜行列車に乗っているときによくわかる。列車の中というのはロシア的な暗さ(つまりできるだけ無駄な電力を使いたくない、という種類のぼんやりとした暗さである)の中にあるのだが、そんなところでも人々は平気で本を読む。
不思議なことに、暗いところで本を読むわりに、眼鏡を掛けた人はあまり見かけない。ロシア人は昔から長く暗い冬の間にせっせと本を読んできたので、暗い場所でも本が楽に読めるように特殊な進化を遂げたのかもしれない。光のない洞窟でも空を飛ぶことができるようになったコウモリみたいに。
読書する人が多いのだから、当然本屋もたくさんあった。平積みされている売れ筋の中には著名人の伝記が目立っていた。レーニンやスターリンやフルシチョフといった歴代の指導者について書かれたもの、外国人だとチェ・ゲバラやジョン・F・ケネディーの伝記なども人気があるらしかった。
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イメージ通り、と言ったら失礼かもしれないけれど、ロシアには警官や兵隊がたくさんいた。「警官と兵隊の国・トルコ」に匹敵するぐらいの高い割合である。
ロシアの警官は地下鉄の出入り口などの人が多く集まるところで、頻繁に職務質問をしていた。ロシア人は常に身分証明証を携帯しなければいけないらしく、身分証を持っていないことが警官にばれると逮捕拘束されてしまうという。なんだかんだ言っても、まだ国家権力が威張っている国なのである。
僕も警官に呼び止められて、パスポートの提示を求められたことが二三度あった。外国人でもパスポートを携帯していない場合には3時間は拘束できるという法律があるらしい。もちろん僕はパスポートを携帯していたから事なきを得たけれど、特に何もしていないのに犯罪者のように見られるのは、あまり気持ちのいいものではなかった。
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社会主義時代末期の物不足の折には、「パンひとつ買うのに半日並ぶソ連の人々」みたいな新聞記事をよく見かけたけれど、もちろん今はそんなことはない。町の商店にも(溢れているとまでは言わないけれど)モノは豊富にあった。
それでもファストフード店のカウンターや、駅の切符売り場など、町のあちこちで人の行列を見かけた。中でもエルミタージュ美術館の入り口には、中に入ろうという気が失せてしまいそうなほどの長蛇の列ができていた。いつまで経っても減りそうにないほどの人の数だった。
「でもね、こんな行列はたいしたことないよ」
と僕に話し掛けてきたのは、四十過ぎぐらいの頭の禿げ上がったおじさんだった。彼は僕が長蛇の列に恐れをなしているのを慰めようとしているらしい。
「昔はひどかったんだ。肉ひと切れ買うのにも何時間も並んだもんさ。本当だよ」
もちろん日本人だって行列を作ることはあるのだが、ディズニーランドのビッグサンダーマウンテンの前で1時間待つとか、こだわりのラーメン屋に30分並ぶとか、新装開店のパチンコ屋の前に行列するとか、「並びたいから並んでいる」場合がほとんどである。ロシア人の行列の「切実さ」とは明らかに質の違うものだ。
いつ終わるとも知れない切実な行列を数多く経験してきただけあって、ロシア人の行列は実に整然としていた。インド人のように最前列で割り込みをしようとする者もいなかったし、「あと○分待ちです」という表示がなくても、誰も苛々したり不満の声をあげたりはしなかった。さすがに行列の達人である。
結局、僕らはエルミタージュ美術館に入るために1時間近く待たされることになったのだが、エルミタージュはその苦労を裏切らないものだった。コレクションの質と量、それに建物自体の豪華さは、僕が今までに訪れた美術館の中でも群を抜いていた(とは言ってもルーブル美術館も大英博物館にも行ったことがないのだが)。閉館まで4時間近くいたのだけど、とても全部を見て回ることはできなかった。
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| サンクト・ペテルブルクにある「スパス・ナ・クラーヴィ」。こういうかたちの建物を見るとつい「テトリス」をやりたくなってしまうのは、僕らの世代的条件反射かもしれない。 |
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他の国にはあるのに、ロシアにはないものもいくつかあった。その代表がスーパーマーケットである。僕が歩き回ったのは、サンクト・ペテルブルグとモスクワの二大都市の限られた地域だったけれど、ディスカウント・スーパーやコンビニエンスストアのたぐいは一切なかった。商店といえば社会主義体制からあるこぢんまりとした「ロシア式商店」ばかりだった。
「ロシア式商店」(というのは僕が勝手に名付けたものだ)には、他国の商店にはない独特の雰囲気があった。ひとことで言うと「客よりも売り手の方が立場が上」ということになる。ロシア式商店では、お客は品物を直接手に取ることができなくて、カウンターの中にいる店員に「パンを2つと、牛乳1本、それと石けんを3個」という具合にいちいち頼まなければいけないのだ。商品は完全に店側の支配下にあり、お客はそれを「分けてもらう」という感覚なのだ。
立場の違いがそうさせるのか、たいていの店員は横柄である。「それ欲しいの? じゃ売ってやるよ」ってな態度なのだ。「ありがとうございました」みたいなことも言わない。客へのサービス精神というものは、この国では重要視されていないのである。
当然のことながら、この「ロシア式商店」はロシアに来たばかりでロシア語も全然わからない外国人旅行者には大変に利用しづらいものだった。英語を理解してくれる店員もまずいないから、指さしと身振りだけが頼りである。食事を確保するだけでも汗をかいてしまう。
スーパーマーケットの無い国はアジアにもあった。でもバングラデシュのような貧しい国でさえ、首都の中心街では旧来の個人商店を押しのけるかたちで、スーパーマーケットが進出し始めていた。流通の効率化と小売業の大型化は国境を越えた時代の流れなのだ。
その大きな流れにロシアが乗り切れていない(あるいは拒んでいる)ように見えるのは、ロシア人の国民性のようなものが関わっているのかもしれない。あるいは既存の社会システムの惰性の力がまだ強く残っているのかもしれない。いずれにしても、ロシア人が本格的な資本主義経済に慣れるには、まだしばらく時間がかかりそうだった。 |
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