写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ
 列車がウランバートル駅に着いたのは、朝の6時20分だった。夜明け前だったために駅周辺は薄暗く、しんと静まりかえっていた。駅前の大通りにも人気はなく、車の流れも全くなかった。いくら早朝だといっても、一国の首都がこれほどの静けさに包まれているのには驚かされた。

 とりあえず泊まるところを探そうと、バックパックを背負って町の中心に向かって歩き始めた。だだっ広い道を歩いているのは、僕と野良犬ぐらいだった。
 しばらく行くと中国系の安ホテルがあったので入ってみたのだが、フロント係の女性は毛布をかぶってぐうぐう寝ていた。僕が「ハロー」と声を掛けると、女は眠い目を擦りながら起きあがり、押し売り業者でも見るような目つきで僕を見た。

「部屋は空いてる?」と僕は訊ねた。
「今は朝早いからさ、10時になったらまた来なよ」
 女はぶっきらぼうに返事をした。商売っ気というものがまるで感じられなかった。他のホテルを当たってみたのだが、どこも同じようなリアクションだった。旧社会主義国の無愛想さは、モンゴルでも健在なのだろうか。それともウランバートルの人たちは朝が苦手なのだろうか。


 ウランバートルという町は「巨大な団地」である。この町で一軒家を見かけることはまずない。どこへ行っても、無個性で無骨なコンクリートの団地が連なっていて、歩いていてもあまり楽しくない町だった。これはモスクワやワルシャワやブカレストといった旧社会主義国の首都に共通する特徴でもあった。たぶん都市で一軒家に住むのはブルジョア的だと見なされていたのだろう。

 冬場に恐ろしく気温が下がるモンゴルでは、各家庭毎で暖房をするよりは、団地のセントラルヒーティングを使った方がはるかに効率的だ、という現実もあるようだった。団地には水道やケーブルテレビなどのインフラも整っているので、安いコストで快適に暮らすことができるのだ。

 町の中心にある「スフバートル広場」は、ウランバートル市民全員が集合してもまだ余るんじゃないかと思うほど広かった。周囲に高い建物がないせいで、余計に広く感じた。

 ところで、団地に住むモンゴル人は頻繁に引越しをするのだという話を、ウランバートルに住む日本人から聞いた。彼女が「どうしてそんなにしょっちゅう引越しするの?」と聞いてみたところ、「飽きるからだよ」という答えが返ってきたそうだ。
 引越しといっても、向かいの棟に越すとか、同じ建物の3階から2階に移るとか、そういうレベルの移動が多いらしい。窓から見える景色が変わるわけでもなく、部屋がグレードアップするわけでもない。単純に同じ部屋で暮らすのに飽きてしまうのである。

 モンゴル人の引越し好きは一般家庭だけに留まらない。ウランバートルの中心に立つ国営デパートでも、2、3ヶ月に一度のペースで商品売り場の入れ替えをやっているという。これも特別な理由があるわけではなく、ずっと同じ場所にいることに飽きてしまう店員のために行う恒例行事らしい。
 常に移動を繰り返してきた遊牧民の気質は、都市に住むようになってもそう簡単には変わらないのだろう。まぁただ単にモンゴル人が飽きっぽいということなのかもしれないが。


 モンゴル人は雨が降っても傘を差さなかった。突然のにわか雨というのでもなく、朝からしとしと雨が降り続いているのに、傘を差して歩いている人をほとんど見かけないのである。もちろんシャツはびしょ濡れになるし、女の人の髪の毛は生ワカメみたいになっちゃうし、化粧だって崩れてしまう。それでも傘を差さないということは、そもそもモンゴル人には「出かけるときに傘を持つ」という習慣がないということなのだろう。

 モンゴルは大陸性の乾燥気候であり、一年を通してあまり雨は降らないし、降ったとしてもすぐに乾いてしまう。だから雨のことなんていちいち気にしないのだろう。それに馬を使って遊牧していたモンゴル人に、傘を持つ習慣がないのは当然のことである。傘を差しながら馬に乗れるはずがないのだ。

 人だけでなく、ウランバートルの町自体も雨への備えは不十分だった。一日雨が降り続いただけで、道路は水浸しになり、そこらじゅうに深い水たまりができてしまうのだ。どうやらこの町には雨水を排水する仕組みがないようだった。

 中央郵便局の小ささにも驚かされた。首都にある中央郵便局というと、たいそう立派な建物と窓口がずらっと並ぶ光景を想像してしまうのだが、ウランバートルの中央郵便局は全く別物だった。少し大きめのコンビニぐらいの広さしかない。わざわざ道行く人に「ここは郵便局ですよね?」と確認したほどである。

 もともと狭い郵便局の敷地の大半を占めているのは、私書箱用のロッカーだった。その他には大きめの事務机におばさんが一人で座っていて、切手や封筒なんかを売っているだけである。客だって一人もいなかった。

 ウランバートルの中心にあるスフバートル広場には「公衆電話屋」が何軒もあった。お客は店番の女の子に料金を払って電話をかける。郵便が普及していないように、電話もあまり普及しないようだった。


 後で聞いたところによると、モンゴルでは自宅まで郵便物を届けるというシステムが確立していないので、郵便物は個人の私書箱に届けられるのが一般的なのだという。考えてみれば、遊牧民は年中草を求めて移動し続けているわけだから、郵便を利用することなんてなかったのだろう。手紙を出そうにも住所がわからないのだから仕方がない。「○○草原のどこかにいる○○さん」では、郵便配達人だって途方に暮れてしまうことだろう。

 引っ越し好きで、傘を差さず、手紙を出さないモンゴル人。近代化が進む「団地の町」ウランバートルの中でも、様々な場面で日本人の常識とは違う「遊牧民気質」とでも言うべきものをうかがい知ることができたのは面白かった。


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