写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ「旅空日記」
「あんた、ツェツェルレグで泊まる宿は決めているのかい?」
 シャウワさんが僕に訊ねたのは、ツェツェルレグまでもう少しのところまで来たときのことだった。
「いいえ。向こうに着いてから探すつもりです」と僕は言った。
「だったら一緒に来ないか? 俺はこれから母親と兄貴の家族が暮らしているゲルに行くんだ。一人ぐらいなら泊まることもできると思う」
「もちろん行きますよ」と僕は即座に答えた。
「ツェツェルレグから2時間ぐらいかかるけど、大丈夫かい?」
「もう9時間も走っているんですよ。あと2時間かかっても同じですよ」
「そりゃそうだな」とシャウワさんは笑った。

 それは願ってもない申し出だった。モンゴルに来たからには遊牧民の日常生活を見てみたいと思っていたのだけど、実際にどこに行けばいいのか全くわからなかったからだ。ウランバートルには「遊牧生活体験ツアー」なんかをアレンジしてくれる旅行会社もあるらしいのだが、そういうものには頼りたくなかった。かと言って、他の国のように町の中をぶらぶら歩いても、ゲルには辿り着けそうになかった。何しろ遊牧民はだだっ広い草原に散らばって暮らしているのだから。
 それでも、ツェツェルレグに行けば何かが起こりそうだという予感はあった。特に根拠があるわけではなかったのだけど、「旅の勘」というのは意外に当たるものなのだ。

 ツェツェルレグ周辺ではシャウワさんの親戚まわりに付き合うことになった。彼の一家は七人きょうだいの大家族なのだが、帰省するときにはいつも兄弟姉妹の家を一軒一軒訪ねて回るのだそうだ。移動を繰り返す遊牧民は土地との結びつきが弱く、だからこそ血縁を大切にしているのかもしれない。

 きょうだいの家を訪ねるシャウワさんに遠慮はまったくなかった。ドアをノックするわけでもなく、呼び鈴を押すわけでもなく(もともと家に呼び鈴は付いていないのだが)、自分の家のようにずかずかと入っていくのだった。
 親戚達も「ああ、来たんかいね」という感じで、当たり前に応対する。そして例の馬乳から作ったアイラグと、チーズを振る舞ってくれる。チーズは酸っぱいものや甘いものなど味の種類が豊富なのだが、どれも乾燥していてとんでもなく硬かった。気合いを入れて噛まないと、歯が立たないぐらいの硬さだった。


 ツェツェルレグの町を抜けると、道路と呼べるものは姿を消した。草原の中にタイヤの跡が二本平行に続いているだけである。道は大きくうねり、大きな岩が行く手を阻む。ときには膝ぐらいの深さがある川を渡ることもあった。四輪駆動のジープでないと、とても進めない本物のオフロードである。

「俺はね、トヨタのランドクルーザーが欲しいんだよ」とシャウワさんは言う。「高すぎて手は出ないけど。ロシア製は駄目だ。しょっちゅう故障する」
「もし故障したらどうするんです?」
「もちろん自分で直すよ。草原には修理工場なんてないからね」


 幸いにして故障することもなく、僕らのジープは無事に目的のゲル集落に到着した。親戚まわりに時間を取られたせいで、予定よりもずっと遅くなってしまった。太陽が西の地平線に吸い込まれようとしていた。
 そこにはゲルが5つ集まっていた。住居用の大きなものが3つと、物置用の小型ゲルが2つである。ここに総勢15人が暮らしている。

「あそこが隣の集落だよ」とシャウワさんが指さした先には、確かに小さな白い点がいくつかあった。ここからは2kmほど離れているという。人口密度の低さに改めて驚いてしまった。
 ゲルは木製の骨組みの上に羊の皮で作った布を重ねた円形のテントである。ゲルの中心には煮炊きをするためのかまどを兼ねたストーブがあり、そこから伸びた煙突が外に突き出ている。ストーブをコの字形に囲むように、金属パイプ製のベッドが三つ置かれている。他には小さな衣装タンスと鏡台と椅子があるだけである。家財道具が少ないために、部屋の中は意外に広く感じた。

「これは俺の父親だ。もう死んでしまったけどね」
 シャウワさんはタンスの上に置かれた写真立てに手を置いて言った。三人の娘も紹介してもらった。長女は20歳だが結婚して子供もいる。次女と三女はどちらも頬をリンゴみたいに真っ赤にした、かわいらしい女の子である。
「ハロー。ようこそ我が家へ。あなたはどこから来たんですか?」
 次女のニャンダルチが英語で挨拶をしてくれた。彼女はまだ15歳だが、父親よりも流暢に英語を話した。


 夕食には羊の肉と臓物入りのうどんをご馳走になった。味付けは塩だけだったが、羊のダシがよく出ていたのでとても美味しかった。羊肉というのはかなり脂っこいものなのだが、よく煮込んでいるお陰で脂が抜けて食べやすかった。

 遊牧民の食事は「馬の乳」と「牛のチーズ」と「羊の肉」が基本である。これにうどんなどの穀物が加わることはあるが、野菜はほとんど食べないという。市場に行けば玉ねぎや人参を買うこともできるのだが、値段も高いし流通量も少ない。モンゴル高原は野菜作りには向かない土地なのである。人々は乳製品でビタミン類をとっているようだが、それでも栄養はかなり偏っているのではないかと思う。


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