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ウェブでご覧いただけるのは、「モンゴル編」までです。
「ユーラシア一周旅行記・中国編および帰国編」は「たびそらCD-ROM」でのみお読みいただけます。
このページでは、中国編・全16回の一部をダイジェストでご紹介します。
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タクシーで呼和浩特へ出発する前に、銀行に行ってトラベラーズチェックを現金に替え、近くの食堂で腹ごしらえをした後に、公衆トイレに行った。
このトイレが強烈だった。埃っぽい路地をしばらく歩いたところにある掘っ立て小屋が公衆トイレなのだが、その中に一歩足を踏み入れた途端に、体をのけぞらせるような強烈な臭気が襲ってきたのだ。それは便所臭さというレベルを遙かに超えていて、化学工場のプラントみたいな刺激臭だった。鼻だけでなく目の粘膜までも刺激するほどの濃密な臭気だった。実際に目に涙が滲んできたほどだった。
更に驚いたのは、トイレ全体の構造だった。通路を挟んだ両側に用を足す場所がある、というところまでは普通なのだが、隣同士を仕切る壁の高さが50cmぐらいしかないうえに、扉というものが存在しないので、しゃがみ込んでいきんでいる姿が通路を通る人から丸見えになっているのである。コンセプトは男性の立ち小便用の便所と同じである。
このスタイルは中国の公衆トイレに共通してみられるものであり、別名「ニーハオ・トイレ」と呼ばれている。隣との敷居も低いし、全体的にひどく開放的なので、隣同士気軽に挨拶を交わしながら用が足せるというわけだ。
――第124回「ニーハオ・トイレの衝撃」より
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| 「五体投地」を行いながら巡礼を続けるチベット人の女達 |
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僧侶の読経の様子を見学した後、チベット人の巡礼者と一緒に寺院の外周を回ってみることにした。寺の外壁は「マニ車」と呼ばれる円筒がずらっと並んでいて、巡礼者はそのひとつひとつを手で回しながら歩くのである。マニ車には経文が書かれていて、一度回すとそこに書かれているお経を一度唱えたことになるのだという。夏河の寺院にはこのマニ車が数千も並んでいて、外壁伝いに一周するだけでも一時間近くかかってしまった。
巡礼者はとにかくタフである。この町は標高2900mの高地にあるために酸素が薄く、慣れない僕はすぐに息が切れてしまったのだが、しかしチベット人の老婆はそんなことをもろともせずに、足早に僕を追い抜いていく。顔はよく日焼けしていて、深い皺が年輪のように刻まれている。
巡礼者の中には地面に体を投げ出す「五体投地」を行いながら、尺取り虫のように巡礼路を進む人達もいた。歩いて行う巡礼の何倍もの時間と労力が必要になるはずで、強い信仰心を持っていないやり通すのは無理だろう。
巡礼にとって大切なのは、とにかく「回る」ことである。経文の書かれたマニ車を回しながら、寺院の周りを回る。回す方向は時計回りと決まっている。一周し終わったら、もう一周する。時間の許す限り、何度でも回る。僕には巡礼者達が何か難しいことを考えながら歩いているようには見えなかった。現世で徳を積むことと、来世での良い生まれ変わり、それを信じてただひたすら回り続けている。
僕はチベット仏教の教義について詳しいことは何も知らないのだが、息を切らしながらひたすら寺の外周を回り続けている間に、この回り続けるという行為が生と死の繰り返し、つまり輪廻転生と繋がっているのではないかとふと思った。寺院の周囲を回り続けることによって、巡礼者は輪廻転生を疑似体験しているのではないかと。
考えてみれば、僕が旅してきたルートも時計回りだった。ユーラシア大陸を一周するというずいぶんスケールの大きな輪ではあったけれど、チベット人と同じように僕もひたすら回り続けていた。
――第126回「夏河の巡礼者」より
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| 袖の長い上着にサングラスに首飾り。これがおしゃれチベタンの必須アイテムである。 |
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チベット人(チベタン)はおしゃれである。チベタン・ファッションといっても、住んでいる地域によってそれぞれ異なるのだが、男性の衣服は袖がだらりと長いのが特徴である。袖が長ければ長いほどおしゃれなんだそうだ。だから中には、普通に立っているだけなのに、袖が地面に着きそうな人もいる。マイナス40度にもなるという冬の厳しい寒さから指先を守るという目的はわかるのだが、いくらなんでもそれはやりすぎだと思う。
極端に伸びたチベタンの袖は、ある時期に際限なく伸びた日本の女子高校生のルーズソックスを思い出させた。ファッションというのは、本来の合理的な目的を超えて、過剰に増殖していくことから始まるのかもしれない。
食堂で夕食を食べているときに、隣に座っていた若者が僕の背中をちょんちょんと叩いて、チベット語で話し掛けてきたことがあった。彼の言っていることが理解できずにきょとんとしていると、男は僕の目の前に自分の右腕をひょいと突き出して、例によってだらーんと長く伸びた袖をぶらぶらとさせた。どうやら「この袖を引っ張ってくれないか」と言いたいらしい。
わけがわからないまま、僕が袖を引っ張ってやると、彼は嬉しそうに腕を袖から抜いて、着物の内側から肩を出し、箸を持って目の前の麺をすすり始めたのだった。この男はあまりにも袖が長すぎたために、他人の手を借りなければ服を脱ぐこともできなくなってしまったらしい。これにはさすがに呆れてしまった。
――第131回「標高4000mの町」より
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「たびそらCD-ROM」には中国編を含めた全139回の旅行記の他、スライドショー用の高画質写真も約550枚収録しています。
「ユーラシア一周旅行記」の最後を、このCDで見届けてください。
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