マオイストの主張の一部が正しいことは、僕にも理解できる。2001年に起こった国王暗殺事件とそれ以降の政治的混乱は、ネパール社会に大きなダメージを与えたし、不可解な経緯で王の座に就き、議会を解散させて独裁色を強めている現在の国王を、大多数の国民が支持していないというのも事実だ。そして王政に対する民衆の不満を吸い上げるかたちで、マオイストは勢力を拡大しているのである。

 しかし仮にマオイストが政権を握ったとしても、事態が好転する保証はどこにもない。むしろネパール全土が更なる混乱に陥る可能性が高いのではないかと思う。そもそも共産主義というものがネパールという土地とその文化に根ざしたものではないのは明らかだ。ネパールは多くの民族と宗教と言語が入り交じった多民族国家であり、中国のように漢民族という圧倒的多数が存在しているわけではない。山岳地域にある集落は交通の便が悪いために孤立していて、自給自足の生活を送っている。そこではいまだにカーストをベースにした村落共同体が大きな力を持っている。そのような土地に中央集権的な政治体制を持ち込んでも、空回りに終わるのは目に見えている。

 バサンタは「アワ・エリア」という言葉を頻繁に使った。我々の土地。それはマオイストが農村を掌握しているという自負が窺える言葉だった。確かにこの地域ではマオイストの影響力を誇示する赤旗を目にすることが多いし、建物の壁などにはマオイストの主張が赤ペンキで大きく書かれていたりもする。バサンタ達が堂々と村を歩けるのも、外国人と道端でリラックスして話が出来るのも、この村には政府軍の力が及んでいないということの表れである。「見つかれば殺される」というお尋ね者の緊張感は、彼らにはない。

農村にはマオイストの支配を示す赤旗が翻っていた。

 今、農村を実効支配しているのはマオイストかもしれないが、しかしそれは「どちらかと言えば、政府よりもマオイストの影響力が強い」という程度のものである。村人達が積極的にマオイストを支援しているわけではない。結局のところ、この土地はマオイストが言うところの「我々の土地」などではなく、今も昔も自給自足的に暮らしている農民のものなのだ。

 マオイストはいつも予告もなくふらっと農家の軒先に現れるのだが、そうするとその場の雰囲気は静かな湖面にさざ波が広がるように微妙に変化した。家人はそれまでよりもいくらか饒舌になり、声のトーンも上がり気味になり、些細なことでも声を上げて笑うようになった。その様子は今まで悪口を言っていた上司が不意に現れた時の反応によく似ていた。そこにはマオイスト達の機嫌を損ねぬようにしながら、出来るだけ早くこの場を立ち去って欲しいという村人達の感情が見て取れた。


「マオイスト達のやり方に賛成の者はほとんどいませんよ」
 医者として山村の医療センターに赴任してきたヤンバハドゥールという青年は僕に言った。
「でも村人は彼らが武器を持っているから何も言えないんです。彼らは時々村を見回りにやってきます。そして一方的に自分たちが行っている革命の話をするんです。村人の家で食事をしていくこともあるし、金品の寄付を求めてくることもあります。もちろんそれを断ることは出来ません。マオイストが現れてから何日か後に、政府の軍隊がやってくることもあります。そんな時、彼らは『どうしてマオイストに金を渡したりするんだ』と村人を問い詰めるんです。そして『以後マオイストに味方すると痛い目に遭うぞ』と脅すんです。板挟みなんですよ。僕らはどちらの味方でもないし、どちらにも反対しません。それが生き延びるための方法なんですよ」

 村人達のマオイストに対する見方は様々だが、教師や医者といった英語を話せるインテリのほとんどはマオイストを支持していなかった。しかし彼らもマオイストの報復を恐れて、そのことを大っぴらに主張したりはしなかった。

 唯一の例外がハイスクールで科学を教えているリンブーという名の教師だった。カトマンズの大学で学んでいたというリンブーさんは、「マオイスト達の言う『人民全員が同じ生活を送る』なんて、ただの夢物語に過ぎないよ」と言い切った。

「確かにスイート・ドリームだけどね。しかし実現するわけがない。全ての人間は違う考えを持っているし、望むものもそれぞれに違う。宗教も文化も違う。それをひとつにまとめることなんて絶対に不可能だ。私の見るところ、マオイストを支えているのは嫉妬だよ。金持ちに対する嫉妬心や、権力を持っているものに対する嫉妬心だ。マオイストも政府もただ権力を手にしたいだけなんだ。そういう意味ではどちらだって同じようなものさ」

(続く...)

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