「まっすぐな瞳」を持つ少女・サリタと再会してから、僕はずっと「貧しさとは何だろう?」「夢を見るとは、一体どういう事なのだろう?」と考えながら旅を続けた。難しい問題だった。考えれば考えるほど、答えなんて出てこないような気がした。

 僕はサリタにしたのと同じように、「将来の夢は何?」という質問を行く先々でぶつけてみた。「先生になりたい」とか「エンジニアになりたい」といった優等生的な答えを返してくる子供もいたけれど、サリタと同じようにきょとんとした表情で黙ってしまう子の方が圧倒的に多かった。そんな子供達の姿を数多く見ていると、「夢を見るという行為は、誰もが持つ普遍的なものだ」という考え自体が誤りなのではないかと思うようになった。

 貧しさというのは、他人と自分とを比較することによって、はじめて「発見」されるものなのだと思う。ネパールの山村のような外部との交流の少ない村社会の中で、昔と変わらない日々を送っている限りは、貧しさを意識することもなければ、豊かさを渇望することもない。そういう淡々とした穏やかな日常の中では、自分以外の何者かになろうとする――つまり夢を見る――必要はないのではないだろうか。

 だから、僕は「サリタが夢を見ないから不幸な境遇にあるのだ」という風には考えない。彼女が豊かなのか貧しいのか、幸せなのか不幸せなのかは、外からやってきた旅人にはわからないことなのだ。「変化し続けることが豊かさの証だ」という資本主義社会の原則的な価値観の下で育ってきた僕らが、それとは全く違う社会に暮らす人々を貧しいと決めつけるのは、やはり傲慢であると思う。

 貧富の差を意識しない場所に、貧しさは存在しない。だからネパールの山村は貧しくはない。しかし、これから山村の閉鎖性が徐々に失われていくに従って、人々が貧しさを「発見」することになるのは避けられないことだと思う。電気が普及し、道路が整備され、多くの人やモノや情報が行き交うようになるという近代化の流れは、あまねく世界に広がっているからだ。



 空っぽの籠を背負って歩く女達。森に薪を取りに行く途中だという。雨季になる前にたくさんの薪を確保しておくために、遠くの森まで歩く。
 アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに出稼ぎに行ったことのあるという若者が、僕にこんなことを言った。
「ネパールの方がUAEよりもずっと豊かさ。確かにUAEは金持ちの国だよ。オイルマネーが腐るほどあるから、アラブ人達は働かなくたってとても良い生活が送れる。でも、あの国にあるのは石油と砂漠と、そしてあの傲慢なアラブ人だけだ。彼らはありとあらゆるものを外国から買っているんだ。トマトも自動車もレストランのコックも飛行機のパイロットも、みんな外国製なんだ。そんな国が豊かだとは思えないね。石油が出なくなったら、後には何も残らないよ」

 彼は軒下にぶら下がっている揺りかごをそっと揺らせた。かごの中には生まれたばかりの長女が小さな寝息を立てていた。
「俺が子供の頃は、この村の外に何があるのかなんて全然知らなかった。だけど、とにかくここを出ていきたかった。金を稼いでリッチになりたかったんだ。それでUAEに行った。でもやっぱり故郷に戻って、ここで暮らすことに決めたんだ」

「どうして?」と僕は訊ねた。
 彼は揺りかごを揺らす手を止めて、しばらくの間次の言葉を考えていた。
「ネパールには石油も出ないし、仕事もない。でも、ここには新鮮なミルクを出す牛がいる。美しいヒマラヤと綺麗な空気と澄んだ水がある。これはアラブ人には絶対に手に入れられないものなんだ。何億ドル積んだってね」
「その通りだね」と僕は頷いた。「それは僕ら日本人にも手に入れられないものだよ」

 貧しさが他者との比較によって「発見」されるものだとしたら、豊かさもまた発見されるものなのだ。彼の言葉はそのことを僕に教えてくれた。

 やがてサリタが自分の村の外にある世界を知ったときに、彼女が発見するのは故郷の貧しさなのだろうか。それとも故郷の豊かさなのだろうか。そんなことを考えながら、僕は首都カトマンズへ帰るバスに乗り込んだ。


<< ネパール編 完 >>


メルマガで「たびそら」を読もう→ Email :