2001年の旅で出会ったシヴァスの少女。
 トルコ中部の地方都市シヴァスを訪れたのは、二〇〇四年六月のことだった。二〇〇四年の前半、僕は東南アジアからバングラデシュ、ネパール、インドという南アジアの国々を西に進み、アフガニスタンを横断し、そのままイランを抜けて、トルコに入った。トルコに来たのは、首都イスタンブールで日本に帰る航空券を手に入れ、この長い旅を終えるためだったのだが、その前にシヴァスで出会った少女と再会するという目的もあった。

 三年前の旅で僕が少女に出会ったのは、シヴァス郊外に広がる住宅街のどこかだった。そのときも、いつものように地図を持たずに適当に街をうろついていたので、場所の記憶は曖昧だった。街の南側なのか北側なのか、それさえもはっきりしなかったのだ。それでも再会できることを信じて疑わなかったのは、カンボジアでも、ミャンマーでも、ネパールでも、三年前に訪れた土地で少女達と再会するという試みが、全てあっけないほど簡単に成功したからだった。

 しかしシヴァスでの再会は、今までと同じようには行かなかった。カンボジアやネパールの農村とは違って、シヴァスは人口二十五万を抱える都市であり、あやふやな記憶だけを頼りに一人の少女を捜し当てるには、あまりにも規模が大きすぎたのである。それはジグソーパズルのピース二、三片を握りしめただけで全体像を描き出そうとするような、かなり無謀な試みだったのである。


 僕が持っている場所の手がかりといえば、少女の背後に写っているペパーミント・グリーン色の壁と、その壁に描かれた落書きだったが、実際に歩き出してみると、落書きのされたペパーミント・グリーン色の壁というのはこの街にごくありふれたものだということがわかった。

 仕方なく、僕は刑事ドラマによく出てくるような、地道な聞き込み捜査を開始することにした。住宅街の道端には、羊の毛を叩いてほぐしたり、絨毯を洗ったりしている太ったおばさん連中が何人もいたので、彼女達に「この子知ってる?」と写真を見せて回ったのである。しかし、太ったおばさん達の反応は一様に鈍かった。言葉の壁が高く聳えているのも確かだったが、女達は見知らぬよそ者に対してあまり友好的ではなかったのである。

羊の毛をほぐしている女性。絨毯を作る材料にする。

 少女を捜すとっかかりさえ掴めないまま、時間だけが無為に流れていった。ひとつの地区をうろうろと歩き回り、手がかりが掴めないまま、隣の地区に移動する。それを何度か繰り返すうちに、今回ばかりは少女との再会は無理かもしれないな、とも思いはじめた。


お調子者の少年二人。
 そんなときに出会ったのが、二人組の少年だった。彼らは狭い路地でサッカーボールを蹴り合って遊んでいたのだが、僕が通りかかると、「写真撮ってよ!」と声を掛けてきたのだった。トルコの男の子は好奇心旺盛なうえに、写真を撮ってもらうのが大好きなのである。もっともこれは、子供に限らず、大人の男にも言えることなのだけど。

 サッカーボールを頭の上に乗せてはしゃいでいる二人に向けて、僕はシャッターを切った。そしてふと思い立って、「この子知ってる?」と少女の写真を見せたのである。あまり期待もせずに。

 僕が手にした写真を覗き込んだ二人は、大きく頷いた。
「イエス! イエス!」
 知ってるよ。うん、あの子だね。そんなことを言い合っているようだった。
「本当かい? 本当にこの子を知っているのかい?」
 まさかの展開に、自分の声がうわずるのがわかった。
「イエス! イエス! マイ・スクール! マイ・スクール!」
 年上の子が、つたない英語でそう繰り返した。彼女は僕たちと同じ学校なんだ、と言っているのだろうか。もし彼らが本当に少女のことを知っているとしたら、降って沸いたような好運である。しかし、物事がそんなにうまく行くはずがない、という思いも消えてはいなかった。

「ハー・ネーム・イズ・メリチェ」
 この子はメリチェって名前なんだ。年上の子が、僕の心配を吹き飛ばすように、自信たっぷりに言った。そして、今から学校へ連れて行ってあげるよ、と僕の手を引っ張ったのだった。



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