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「何故あなたはここで写真を撮っているのですか?」
バーミヤンで出会った青年に、こう訊かれたことがある。
「それはバーミヤンが美しいからだよ」
僕は当然のように答えたのだが、アフマディンという青年は納得が行かないという風に眉をひそめて、反論してきた。
「あなたはここの冬を知らないから、そんなことが言えるのです」と彼は言った。「バーミヤンの冬は半年も続きます。冬の間はいつも分厚い雲が空を覆い、青空を見ることは滅多にありません。毎日雪が降り、何もかもが凍り付いてしまいます。十日間、家から一歩も外に出られないことだってあるんです。学校も三ヶ月閉鎖されるし、商店も閉まります。村人は夏の間に収穫した食料で、なんとか冬を乗り切ります。農業ができるのは一年のうちの半分だから、バーミヤンはとても貧しいんです。それでもあなたは、ここを美しいと言うのですか?」
最初は冷静に話していたのだが、バーミヤンの冬について語るうちに、彼の語気はどんどん強くなっていった。それほど長く辛い冬だということを僕に伝えたいのだろう。
「僕たちはここに一年中住まなければいけないんです。それがどれだけ大変なことなのか、きっとあなた達旅行者には想像もつかないでしょう」
彼の言うことはもっともだった。彼が何となく僕に対して腹を立てていることもわかっていた。旅行者というのは、その土地のいいところだけを見て帰るだけの存在だ。自然の真の厳しさを知りもしないで、「ここは美しい」と言うのは、虫のいい話なのかもしれない。
「君の言う通り、ここの冬はとても厳しいのだろう。それでも夏のバーミヤンが美しいことは変わらないんだ」
と僕は言った。そうとしか言えなかった。もちろんアフマディンはその説明で納得するはずもなかった。しかし、たとえ旅人が無責任な存在だとしても、目の前の光景に心を動かされるという事実は変えようがなかった。
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僕はパキスタン北部の桃源郷の村フンザに住む老人からも、モンゴル西部の草原にテントを張って暮らす遊牧民からも、アフマディンと同じようなことを言われたのを思い出した。七〇〇〇メートル級の山々に囲まれたフンザの村も、見渡す限り人の姿がないモンゴル高原も、このバーミヤンと同じように恐ろしく厳しい冬を乗り越えなければいけない土地だった。外部からのアクセスが難しく、寒暖の差が激しく、水が少ないということも共通していた。そして、そこには人を頑なに拒む厳しい自然に裏打ちされた、希有な美しさがあった。
そのような土地を歩くとき、僕の心はわけもなく激しく揺さぶられた。きっと僕にとっての「楽園」とは、珊瑚礁の海に浮かぶ亜熱帯の島々ではなく、バーミヤンやフンザのような場所なのだ。
僕がバーミヤンに住むことはないだろう。自分がここで生活していくだけの強さを持っていないことを知っているからだ。だからこそ、僕はここに暮らす人々に憧れを抱くのだと思う。自分にはない美しさと逞しさを持った人々に、強く惹かれるのだと思う。
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アフガニスタン旅行記のホームページでの更新はここまでです。この続きは「たびそらCD-ROM2004」でご覧下さい。ワイルドな道のりと、様々な出会いが詰まった旅になりました。
「たびそらCD-ROM2004」には、アフガニスタン旅行記のほか、WEBでは未公開のミャンマー編とバングラデシュ編の旅行記と写真が収録されています。 |
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