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  たびそら > 旅行記 > インド編


 満開のヒマワリ畑は南インドで目にした景色の中でもっとも心躍るもののひとつだった。
 南国の強烈な日差しを受けた鮮やかな黄色の絨毯は、南フランスにやって来たゴッホが目にしたように、見る者の心を弾ませる強い力があった。


 しかし、ヒマワリ畑を写真に撮るのは簡単なことではなかった。僕が求めていたのは色鮮やかなヒマワリ畑と、そこで働く人々とを同じフレームに収めることだったのだが、残念なことに、そんな場面にはなかなか巡り会えなかったのだ。ヒマワリというのは種さえ蒔いておけばあとは勝手に育つような生命力の強い植物であるらしく、常に雑草を抜いたり肥料をやったりしなければいけないお米や野菜と違って、人が世話をする必要があまりないようなのだ。

 待ちわびていたチャンスが訪れたのは、長いバイク旅行も終盤にさしかかった頃だった。もう既に何百というヒマワリ畑を通り過ぎ、そのたびに働く人が見つけられずがっかりする、ということを繰り返していたのだが、ついにヒマワリのあいだに人の頭らしきものが揺れているのが見えたのである。

 僕はすぐにバイクを止めて、はやる気持ちを抑えながらヒマワリ畑の中を進んだ。今回もまた期待外れに終わるんじゃないか、そうなってもめげるんじゃないぞ、と自分に言い聞かせながら、足早に近づいていった。

 働いていたのは、全部で十人ほどの男女だった。人々はふたつのグループに分かれていた。一方のグループは背の低いヒマワリから黄色い花粉を集め、もう一方はその花粉を背の高いヒマワリに塗っていた。どうやらヒマワリの受粉作業をしているらしい。



 僕はまず、ヒマワリに花粉を塗っている女たちに声を掛けて、カメラを向けてみた。彼女たちは突然の外国人の出現にびっくりし、照れ臭そうに顔を背けたり、「あたしの顔を撮るんだったら、ヒマワリの顔でも撮りなよ」とヒマワリの陰に隠れたりした。でも雰囲気は悪くなかった。これはいけそうだな、と直感した。


 女たちの手は素早い。左手でヒマワリの茎を掴んで引き寄せ、まるで女の人の顔にパタパタとおしろいをはたくみたいな要領でガーゼに含ませた花粉を塗りつけ、それが終わらないうちに次の花を掴む。その素早い動きをカメラで追いかけるのは容易ではなかったが、ヒマワリの花をかき分けながらシャッターを切り続けた。

 この受粉作業はわずか一日で終わってしまうという。広い畑だが、十人で手分けすれば短時間で終わる仕事なのだ。
 受粉が終われば、あとは収穫を待つばかり。太陽に向かって誇らしげに咲いていたヒマワリが、ぎっしりと種を実らせ、その重みでだらんと首を下げる頃を見計らって、「首」を切り落とすのである。そうやって収穫された種は工場に運ばれて、油を搾り取られる。そして「ヒマワリ油」として売られていくのである。

 多くの道を走り、多くの場面に出会う。それが僕の『バタフライ・ライフ』の基本姿勢だった。「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」ではないけれど、できる限り多くの道を走っていれば、いつかきっと美しいシーンが現れるに違いない。そう信じていた。


 ヒマワリ畑ではそれが見事に成功した。ヒマワリと人とが並び立つ場面は、受粉作業というごく限られた時間以外にはなく、その貴重な場面に出会うために、僕は何百という無人のヒマワリ畑を通り過ぎなければいけなかったのだ。
 だけど最後の最後に、その苦労が報われるときがきた。ヒマワリ畑の輝きに負けないほどの強い目力を持った少女を、写真に撮ることができたのだった。

収穫したヒマワリの種を機械で搾る

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