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 カンボジアは旅人に優しい国だ。
 気候も温暖だし、人々の性格も気さくで陽気。ベトナム人のようにお金にシビアではないし、タイ人のように観光客との「壁」を感じることも少ない。肩の力を抜いて、リラックスした気分で旅ができる国なのだ。

 カンボジアの旅は自然とスローペースなものになった。しゃかりきになって前進を続ける旅ではなく、小腹が空くと小さな屋台に入って麺をすすったり、喉が渇くとサトウキビジュースを飲んだり、景気づけにスラー・ソー(米焼酎)を一杯くいっと飲んだりしながら、時間をかけてのんびりと進んだ。

カンボジアで特に美味しかったのがこのおかゆ。小エビのダシがきいている。

 プノンペンから北西に100キロほど行ったところにあるコンポンチュナンの町では、よく酒を飲んだ。
 夕涼みの中をぶらぶらと散歩していると、車座になって酒を飲んでいる男たちが「あんたも飲みなよ!」と誘ってくれたのだ。一日の仕事を終えたばかりなのか、ただ単に仕事がなくて暇なだけなのかはよくわからないが、もうすでにかなり酔っぱらっている様子だった。

車座になって酒を飲む男たち。

ヘビは市場でも売られている。
 男たちが飲んでいるのは砂糖椰子の樹液を発酵させたタックトナウトチューというお酒。強い酸味と微かな甘みを持つヤシ酒で、アルコール分はビールより少し薄いぐらいだから、かなり大量に飲まないと酔わないのだが、5リットルで3000リエル(90円)とまぁとにかく安いので、これをみんなでがぶがぶ飲んで盛り上がっているのだった。

 酒のつまみはトンレサップ湖でとれた小魚の揚げ物や「焼きヘビ」である。ヘビはカンボジアではかなりポピュラーな食材で、ぶつ切りにしたものを串刺しにしてタレを塗り、焼き鳥のように炭火であぶって食べる。味も焼き鳥に似ているが、肉質はややかためで、少し生臭い。

 虫もつまみになる。田んぼでとれる「コンテーロン」という昆虫をフライパンでさっと炒めて、羽根をむしって食べるのである。その形と大きさ、黒光りしたところなんかはゴキブリによく似ていて、口に入れるのには若干の抵抗感があったのだが、思い切って食べてみると意外にうまかった。水棲の昆虫らしくエビに似たうま味が口に広がるのだ。変なクセもなくて食べやすいので、2匹、3匹と続け食べたくなるほどだった。やめられない止まらない、コンテーロン。

コンテーロンは見た目が「あいつ」に似ている。

皿の上には犬の頭が…
 続いて出てきたのは犬肉だった。しかも皿に載っているのは犬の頭そのものだったので、さすがに絶句してしまった。
「俺が飼っていた犬なんだ」
 この家の主バオさんが自慢げに言った。もともと食用に飼われていたのか、あるいは用済みになった番犬を料理したのかはわからない。バオさんは「犬の顔の部分を食べると目が良くなるんだ」と強調した。しかしそんなもの食べなくたって、カンボジア人はみんな目がいいと思うんだけど。

 ヤシ酒を飲み、ヘビや昆虫や犬肉を食べて盛り上がってくると、次に始まるのがカラオケである。男たちが順番に自慢の歌を披露するわけだ。カンボジア人はカラオケが大好きだ。家財道具なんてほとんど何もないのに、立派なカラオケセットだけは備えているという家も多い。電気が来ていない村でも心配ご無用。カンボジアの田舎には自家発電機を使ってカーバッテリーを充電してくれる「バッテリー屋」があって、それでテレビやカラオケセットなどを動かすことができるのである。

家財道具はほとんどなくても、カラオケセットだけは充実している。

バッテリー屋の前に並べられたカーバッテリー。ちなみに充電一回の料金は1300リエル(40円)。一般家庭なら電池一個で3日から7日ぐらいは持つそうだ。

 カンボジアの前国王であるシハヌークもカラオケ好きで有名らしい。カンボジアの国営テレビ局では、シハヌーク前国王が開くカラオケ大会の模様を毎回生中継しているそうだ。80歳を過ぎた前国王が自らマイクを握り、フランス語や英語の歌を何曲も立て続けに熱唱するという。各国の要人たちもその場に招待され、歌に合わせて優雅にダンスを踊る。なんと夜の8時から朝の3時まで歌い続けたこともあるそうだ。長渕剛も顔負けのマラソンライブである。おそらく参加者の誰もが心の中で「いい加減にしてくれよ」とぼやいていたことだろう。

 コンポンチュナン周辺の村は、乾季と雨季ではまったく様子が違うという。雨季になるとトンレサップ湖の水かさが一気に増し、水位が上昇するので畑や道路が水没してしまうのだ。だからどの家も非常に長い「足」を持ち、見上げるほどの高さに床があった。

雨季になると水没するので、どの家も高床式になっている。

湖に浮かぶ「浮き家」にもちゃんとテレビ用のアンテナが立っている。もちろん電線は来ていないので、バッテリーが電源になっている。

 バオさんの家も地上3メートルほどの高床式だったので、急な階段をのぼらなければいけなかった。酔っぱらって滑り落ちることはないのかと訊ねたら、「そんなことは一度もないよ」と一笑に付されてしまった。

「4月から10月の雨季のあいだは結構忙しいんだ」とバオさんは言う。「田植えをしたり、田んぼの雑草を取ったり、船で魚をとったりする」
「それじゃ、11月から3月のあいだは何をしているんですか?」
「ハハハ。そりゃリラックスだよ。特にやることもないからね。今日みたいに昼間から酒を飲んで、カラオケを歌っている」

 一年の半分だけ働いて、あとの半分はのんびりと酒を飲み、歌をうたいながら暮らす。理想的な人生だ。
 もちろん「一人あたりGDP」だとか「可処分所得」といった経済指標を基準にしたら、彼らの暮らしは「貧しい」と分類されるに違いない。しかし温暖な気候と豊富な水に恵まれたこの土地では、別にあくせく働かなくても十分に食べていけるし、残りの時間を「リラックス」して過ごすことができるのだ。それを「貧しい」と決めつけることの方が間違っていると思う。

コンポンチュナンの畑で収穫された野菜を運ぶ子供たち。

池の魚を捕らえようと網を打う。

 あまり言葉も通じない男たちと一緒に酒を飲み、ヘビや犬の肉を食べ、カンボジア特有の粘っこいリズムのポップソングを聞くともなく聞いていると、すーっと肩の力が抜けてぼんやりとした気分になった。あたかも僕のために用意された空間にすっぽりとはまり込んでしまったようで居心地が良かった。

少し高価だがビールもよく飲まれている。

 窓の外に目をやると、トンレサップ湖の向こうに夕日が沈んでいくのが見えた。
 今日もこうして日が暮れて、明日もまた同じように日が昇る。
 なぜかそんな当たり前のことを、ふと思ったりした。



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