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  たびそら > 旅行記 > ミャンマー編(2013)


素焼きの水瓶


 ミャンマーの街角でよく見かける素焼きの水瓶を作っていたのも女たちだった。

 この素焼きの水瓶は「電気を使わずに少しでも冷たい水が飲みたい」という昔からの知恵が生かされたものである。瓶の表面にしみ出してくる水が気化熱を奪うことで、中の水が冷たくなるという性質を利用しているのだ。

街角で見かける公共の水瓶。気化熱を利用して冷たい水を飲むことができる。

 もっとも最近では「衛生的ではない」という理由から、水瓶の水ではなくペットボトル入りの飲用水を買う人も増えている。確かに免疫のない旅行者が飲んだら一発でお腹を壊しそうな水ではあった。

 水瓶の作り方はシンプルだ。まず材料となる粘土をこねて薄く伸ばしてから、木のへらでポクポクと叩きながら形を整えていく。ろくろは使わない。そうして瓶の形ができあがると、模様が彫り込んである板をぐっと押しつけて、表面に模様をつけていく。縄文式土器を思わせるようなシンプルなデザインだ。

ろくろを使わずに、へらで形を整えていく





板を押しつけて瓶の表面に模様をつけていく

 こうして出来上がった水瓶は、天日で十分に乾かされた後、薪で焼かれるのである。
 女たちはこの水瓶を一日に25個から30個ほど作るという。水瓶の値段は大きさにもよるが、ひとつ500チャット(50円)から1000チャット(100円)ほどだそうだ。

庭に並べて天日で乾燥させる


カツラ工場の秘密


カツラ作りは根気のいる仕事だ
 手先が器用で忍耐強い。そんなミャンマー女性の特長をうまく生かしていたのがカツラ工場だった。

 ターズィ近郊をバイクで走っていたときにたまたま見つけたカツラ工場では、若い女性が40人ほど集められ、狭い建物の中でせっせと女性用カツラを作っていた。

 手元を見やすくするためなのか、表通りに面した壁は取り払われていて、工場の中はとても明るかった。

 それでもピンセットを使って一本ずつ毛髪を土台に植え込む作業は、見ているこっちの肩が凝りそうなほど繊細な仕事だった。編み物や針仕事といった反復を伴う仕事は女性に向いていると言われることが多いが、その意味でこのカツラ作りは典型的な女性向き作業だと言えるだろう。

「このカツラは中国に輸出しています」と品質管理を担当するインド系の女の子が教えてくれた。「ミャンマーは中国に比べると人件費が安いですからね。中国国内で作るよりもはるかに安上がりなんです」

 僕が不思議に思ったのは、ここで作られているカツラのほとんどが茶髪もしくは金髪だったことだ。中国人にも茶髪化の波が押し寄せているということなのだろう。しかしカツラを買う人の多くは中高年であるはずなのに、なぜこれほどまでに派手な茶髪・金髪が好まれているのだろうか。



 女性たちのあいだで茶髪化が進行しているのはミャンマーでも同じである。10年前はほとんどの人が黒髪だったのだが、今では若い女性を中心に茶髪率が急上昇しているのだ。

 タイやカンボジアでも、しばらく前に同様のことが起こった。おしゃれに敏感な若者が、こぞって茶髪に走ったのだ。それに対してインドやバングラデシュなどでは、若者の茶髪化はいまだにほとんど進んでいない。髪型にしても服装にしても南アジアは総じて保守的なのである。



 だから、ここで作られている茶髪カツラの原料となる髪の毛が実はインド人のものだというのは、皮肉としか言いようのない事実だった。インドの農村で集められた髪の毛がミャンマーに送られ、中国人の好みによって茶髪に染められてから、ミャンマー女性の手でカツラへと加工され、最終的に中国人の(たぶん)お金持ちの女性の頭の上に載っかるのである。

インドから輸入された髪の毛からゴミを取り除く女性たち。小さなビニール袋ひとつで300チャットの手間賃。一日に3袋できるというから、900チャット(90円)の収入である。

 世界は複雑で驚きに満ちている。
 インド、ミャンマー、中国という民族も文化も言葉も違う国々が、実は「女性の髪の毛」という一本の糸で結ばれているのだから。

 女性用カツラを通して見えてきたのは「グローバル化する世界の縮図」だった。
 世界は確実に小さくなっているようだ。


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