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  たびそら > 旅行記 > インド編(2015)


女装集団ヒジュラが踊る


きらびやかな衣装を身につけた踊り子。きりっとした男性的な面立ちだが、化粧するとかなりの美人でもある。
 インドには、男性が苦痛を受ける「男祭り」と、女性がトランス状態になる「女祭り」があることはすでに紹介した通りだが、実はどちらのカテゴリーにも属さない「女装祭り」というものも存在する。

 その賑やかなお祭りは、ビハール州東部にあるマトラプールという村で行われていた。国道沿いにある寺院の前に100人以上の村人が集まり、ご本尊の周りで汗だくになって踊る人たちを見つめていた。

 踊り子たちはきらびやかな衣装を身に着け、厚く化粧を施し、妖艶に腰をくねらせるのだが、よく見ると全員が女装した男性だった。10歳から20歳前後の若い男の子たちが、女性になりきって踊っているのだ。








[動画]女装集団ヒジュラの踊り



まだ10歳前後の子供も踊っていた
「これはラーマ神を讃える儀式なんです」
 と教えてくれたのは、村で一番英語が上手な大学生のプリティ君だった。
「踊り子たちはラーマの妻シータとその従者になりきって踊ります。昔からこの祭りで踊るのは女装した男と決められています。女が踊ることはできません。理由はよくわかりません。そういう伝統なんです」

 踊っているのは「ヒジュラ」と呼ばれる人々だった。ヒジュラとは男性の体に生まれながら女性としてのアイデンティティーを持つ人たちの呼び名で、自らの意思でヒジュラの集団に入り、ひとつの家族のように暮らしているという。ヒジュラたちはアウトカーストとして差別されているのだが、特別な力を持った聖者と見なされることもあり、このような宗教儀式に呼ばれることも多いという。







 インドを旅していると、ときどきヒジュラのグループとすれ違うことがある。背が高く痩せているのに派手なサリーを身にまとって濃い化粧を施しているから、遠くからでもよく目立つのだ。彼女たちは頼まれもしないのに歌と踊りを披露して、見物料を集めて回っているのだが、町の人からの視線は決して温かいものではなく、どちらかと言えば蔑みの目で見られていた。


アンドラプラデシュ州で出会ったヒジュラたち。バラの花を片手に、お金を恵んでくれと言って街を歩いていた。


 LGBTが社会的に認知されはじめた欧米や日本に比べて、インドでは「男性でも女性でもない人々」が自由に自分らしく生きるのはとても難しい。ヒジュラたちが「第三の性」として自分たちの権利を社会に認めてもらうには、まだまだ長い道のりが必要なようだった。



女の子に学問はいらない

 インドでももっとも貧しい州のひとつであるビハール州では、女子が置かれている境遇も恵まれているとは言えなかった。メクラという村の小学校を訪れたときに僕が目にしたのは、「女子生徒の数が圧倒的に少ない」という現実だった。例えば3年生のクラスには男子が16人いるのだが、女子はたった2人しかいなかったのだ。他のクラスも似たような状況で、女子が3割を超える学年はひとつもなかった。

女子が2人、男子が16人という3年生の教室


「ここは貧しい村ですから、女の子は学校に行かなくてもいい、と考えている親が多いんです。学校に来ない子供たちは家の手伝いをしています。家畜の世話をしたり、食事を作ったり、洗濯をしたり、水を汲んだり、きょうだいの面倒を見たり。やることがたくさんあるんです。勉強なんて二の次なんですよ」

 ビハール州の女子生徒が置かれた状況を説明してくれたのは、3年生を受け持つサンジブ・クマール・シン先生だった。予算が少ないのも大きな悩みなのだと彼は言った。老朽化した校舎を建て直そうにもそのお金がないので、竹を編んで作った狭い仮校舎で300人もの生徒が学ばざるを得ないのだ。教室の中は風通しも悪いので、とても暑かった。見ている方が息苦しくなるような授業風景だった。







 男女比のいびつさは教師も同じだった。この学校には9人の先生がいるのだが、女性教師はたった一人だけなのだ。他の地域ではこんなことはない。教師は勉強が出来る女性にとって最も就きやすい仕事のひとつとされていて、たいていの学校では教師の男女比は半々か、女性の方が多いのだ。ところがビハール州では教えるのも学ぶのも、男性の方が圧倒的に優位なのである。

「これでも我々が子供の頃に比べたら良くなったんです」とサンジブ・クマール・シン先生は言う。「20年前には中学校に上がる女子なんてほとんどいませんでした。今は違います。大学へ進む女子も珍しくなくなりました。新しい考え方に馴染むのには時間がかかります。とくにこんな田舎ではね。人々の生活は20年前とあまり変わっていないんですから」





 確かに人々の暮らしぶりは、20年前と、いやひょっとしたら50年前ともあまり変わっていないように見える。今でも昔ながらのやり方で米を育て、山羊を飼い、牛糞を乾かした燃料で煮炊きを行い、ガンガーの水で体を洗っているのだ。

 何ごとも急には変わらない。
 悠久たるガンガーの流れのようにゆっくりとしか変化しないのが、インドという国なのかもしれない。








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