写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ

  たびそら > 旅行記 > インド編(2015)


ごちゃごちゃした旧市街


 ごちゃごちゃしているのが旧市街で、すっきりしているのが新市街。
 新しい街と古い街。二つの街を並べてみると、その違いは歴然としている。
 言うまでもなく、僕が好きなのは旧市街の方だ。何か特別な用事がない限り、新市街に足を向けることはない。

 僕にとってインドの旧市街はめくるめく空間だ。迷路のように入り組んだ路地裏。狭い店が肩を寄せ合うようにして連なる商店街。悠々と寝そべる野良牛。人とリキシャとオート三輪が殺到して大混乱に陥る交差点。すべてが刺激的で驚きに満ちている。







 旧市街と新市街を見分けるのは簡単だ。グーグルマップ上でもその違いははっきりと見て取れる。道路がまっすぐに走り、碁盤の目状に区画整理されているのは新市街で、その反対に道路がジグザグに走り、ところどころ行き止まりになっているのが旧市街なのだ。


旧市街と新市街の違いはグーグルマップでも確認できる。上がバレーリーの旧市街で、下がバレーリーの新市街である。


 インドの街が素晴らしいのは、旧市街の建物を取り壊さずにそのまま残しながら、外側に新市街を広げているところだ。貧しい庶民が混み合った旧市街に住み続ける一方で、お金持ちは広々とした郊外へ移り住む、という流れが出来上がっているのだ。これは文化財や景観を保護するためではなく、さまざまな規制や複雑な地権などが絡まり合って、政府主導の再開発が進まなかった結果だ。強引なやり方で古い街を壊し、近代化をスピーディーに推し進める中国とはまったく対照的なのである。


旧市街には百年以上も前に建てられた住宅も多く、訪れる人を「時間の旅」へといざなってくれる。






 インドの旧市街は小汚い場所だ。上下水道の整備も遅れているので、あちこちに小便のにおいが漂っている。道はあまりにも狭く、人も車も牛も数が多すぎる。しかしそれと同時に、人と人との距離がとても近いので、都市でありながら親密な雰囲気が漂っている。江戸時代の長屋横丁もきっとこんな空間だったのだろう。









 旧市街に住む人々は気軽に声を掛けてくる。チャイをご馳走してくれたり、お菓子を分けてくれたり、以前からの知り合いのようにフレンドリーに接してくれる。彼らが外国人に慣れているわけではない。英語が話せるわけでもない。その証拠に、僕に対して「あんたアメリカ人か?」と訊ねる人も多い。これは「ガイジン=アメリカ人」という素朴な思い込みがあるからだ。不思議なのはアメリカ人に次ぐ人気ナンバー2が「オーストラリア人」であることだった。超大国アメリカのネームバリューが圧倒的なのはわかるが、なぜオーストラリアのプレゼンスがこれほど高いのだろう。まぁオージーって暇なのか、どの国にもよくいるけどね。

「ジャパンから来たんだよ」と僕が答えると、
「おぉ、メイド・イン・ジャパンか!」と返されることもあった。
 まぁ間違いではないけれど、正面切って「メイド・イン・ジャパン」って言われると、まるで自分が電気製品にでもなったみたいで、ちょっと複雑だった。

 僕のサインを欲しがる若者もいた。そんなものもらってどうするんだろうと思いながらも、差し出されたノートにサインを書く。中には紙幣にサインをしてくれという少年もいた。そういえばインドでは計算やメモが書き込まれた紙幣を見かけることが多い。適当な紙がないときに、お札をメモ帳代わりに使う習慣があるようだ。








ギャンブルとスクラップの街

 マハラシュトラ州にあるラトゥールは、地方都市の中でもかなり規模の大きな街だった。南仏の小都市を思わせるオシャレな響きだが、実際のラトゥールは小さな商店がごちゃごちゃと建て込んだ、いかにもインドらしい街だった。交差点には野菜や果物を売る台車が所狭しと並び、ムスリム地区からは礼拝を呼びかけるアザーンの声が響いてくる。


ラトゥール郊外には建築現場から出たくず鉄を再生するスクラップ工場が建ち並んでいた。長い鉄を切断する男、ブリキでバケツを作る男、溶接する男。鉄に関する様々な仕事が行われていた。






 ラトゥールには他の街では滅多に見かけることのないギャンブルの店がいくつもあった。入り口にいかにも怪しげなカーテンがかかっているので、すぐにそれとわかる。中を覗くと、薄暗い部屋の中にピカピカと光る電子ルーレットのようなマシンが5台ほど置いてある。硬貨を入れ、アタリが出ると何倍にもなって出てくる仕組みのようだ。こうした私営のギャンブルは、インドでも違法行為のはずだ。しかし白昼堂々と営業しているところを見ると、当局からも大目に見られているようだ。見回りに来た警官には賄賂を払っているのかもしれない。

ルーレットのようなマシンが並ぶ店

ギャンブル店の入り口にはいかにも怪しげなカーテンがかかっている

 ルーレット屋の隣にはロト屋があった。ロトは小口のスピードくじだ。当選番号はインターネットに繋がったパソコンの画面に4桁の数字として発表される。この数字が自分が買ったくじ番号と一致すればアタリだ。くじは1口10ルピーで販売され、当たったら900ルピーが払い戻されるそうだ。はっきり言って安い。インド人の所得水準を考えてもずいぶんローリスク・ローリターンだ。パソコン画面に数字が現れるだけ、という仕掛けのショボさにも脱力してしまう。それでも地元のおっさんたちはくじを握りしめて大声を張り上げたり、大げさに喜び合ったりして、かなり熱くなっていた。人は不確実なものに惹かれる。「当たるも八卦当たらぬも八卦」というドキドキ感を味わいたいという欲求は、人類に共通したものなのだろう。

ロト屋では発表されたアタリ番号を掲示板に書いていく。

ギャンブルと酒は切り離せないものなのか。この町には酒屋とバーが多かった。インドのバーはどこも退廃の匂い漂う、掃きだめのような場所である。客はもちろん男だけ。オシャレに飲むという発想はない。



物乞いなんてどこにでもいる

 ラトゥールの旧市街には物乞いの姿が多かった。寺院の周辺やバスターミナルや市場など、人の集まるところには必ず何人かの物乞いが座って、通行人に右手を差し出していた。片手がない者、片足がない者、目が見えない者、皮膚がただれた者。身体に何らかの障害を持つ人が多かった。





「どうしてこんなに物乞いが多いんだろう?」
 市場で靴屋を営む男に訊ねてみた。流暢に英語を話す人だったから、詳しい事情が聞けるかもしれないと思ったのだ。
「さぁ、そんなことは知らないよ」
 靴屋は興味なさそうに首を振った。
「物乞いなんてどこにでもいるじゃないか。あいつらは働く気がないから働いていないだけだよ。インドだけじゃない。アメリカにもイギリスにもいるだろう。リッチな人間とプアーな人間がいるのは、この世界じゃ当たり前のことじゃないか」
「でも日本には物乞いはいないよ」
 僕がそう言うと、靴屋は絶句した。そんな国が存在するなんて到底信じられないというように。日本にもホームレスはいる。けれども彼らが道行く人にカネやモノを恵んでくれと手を差し出すことはない。空き缶を拾ったり、廃棄された食料を集めたりして食いつないでいる。それは世界的に見て、かなり特殊な状況だ。

「じゃあ、日本人は全員働いているのか?」と靴屋は僕に訊ねた。
「もちろん働けない人もいる。でも、そういう人は国からお金をもらって暮らしているんだ」
 その答えは靴屋をさらなる混乱に陥れてしまったようだ。
「働けない連中に国がお金を配るっていうのか? そんなことしたら、誰も働かなくなるんじゃないのか? いったいどうなっているんだ? 日本って国は」
 日本の生活保護制度にも問題はあるだろうけど、少なくともインドのように「働けない奴はすぐに物乞いへ転落」とはならない社会は誇るべきものだと思う。





「あんたたちはインドが貧しい国だと思っているんだろう?」と彼は言った。「でも本当はそうじゃない。知っているか? スイスの銀行に一番多く金を預けているのはインド人なんだ」
 彼が言いたいのは、おそらくこういうことだ。インドには物乞いも多いが、スイスの銀行口座に莫大な資産を預けている大金持ちもいる。だからインドが貧しい国だと決めつけないでくれ。

 それは事実なのだろう。しかし決して自慢できるものではない。本来であれば課税され、貧困層に分配されているはずの富裕層の資産が不法に外国に逃避していることで、インドの経済格差はさらに広がっているのだから。

 もちろんどんな国にも格差はあるし、ホームレスや物乞いもいる。インドで問題なのは、その格差があまりにも大きすぎること。そして格差ががっちりと固定されていることだ。優秀な人はものすごく優秀だし、お金持ちはびっくりするほどお金持ちだが、貧しい人が貧しさから抜け出すことは非常に難しい社会なのだ。

 インド社会は、個人が分不相応の夢を抱くことを抑圧してきた。「運命をそのまま受け入れろ」という強い圧力のもと、親の仕事を子がそのまま受け継いできた。カースト制度とは「格差の再生産」に他ならない。

 変化に乏しい前近代には、このような流動性に乏しい社会システムがうまく機能したのだろう。しかし時代は変わった。グローバル化と情報化が進み、素早い変化が求められるようになった現代社会では、格差の固定化は社会から活力を奪い、イノベーションを妨げる原因になっている。





 僕はインドが好きだ。美しさも醜さも、豊かさも貧しさもひっくるめて好きだ。
 でも街に物乞いがあふれている光景だけは、どうしても好きにはなれない。それが当たり前だと何の疑問も持たない人々の姿も、好きにはなれない。

 物乞いになるために生まれてきた人なんて、どこにもいない。
 人は働くために、誰かの役に立つために生まれてきたのだと僕は信じている。



メルマガ購読はこちら Email :