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「あんた、アメリカ人かい?」
 ゴータレ村で一番最初に出会った老婆が、いきなり僕に向かって言った。僕の顔を穴が空くほどじーっと眺めた後、真剣な面持ちでそう言ったのである。

「いいえ、違いますよ」
 僕は慌てて答えた。どこをどう見たって東アジア人の顔をした僕のことを、アメリカ人だと勘違いする人なんて、まずいない。
「ジャパンから来ました。ジャパン、知ってますか?」
「ああ、聞いたことはあるね」と彼女はゆっくりと頷いた。「でもジャパンから来た人に会ったことはないよ。外国人に会うのも初めてだよ」

「この村には外国人が来たことがないんですか?」
「そうだね。この村はあたしのおじいさんの代からあるけど、外国人が来たって話は聞いたことがないよ」

 なんと、ゴータレ村の百年を超える歴史において、初めて訪れた外国人が僕だというのである。もしそれが本当なら、彼女が僕をアメリカ人だと勘違いしたのにも納得できる。きっと彼女の頭の中には「外国人=アメリカ人」という図式しかないのだろう。ネパールの隣国インドについてなら、いくらか知識はあるだろう。中国のことも耳にしているかもしれない。でも日本という国はあまりにも遠すぎるのだ。


ネパールの山村では、山の斜面にしがみつくようにして家が建っている。


 ゴータレ村はこれといって特徴のない村である。首都カトマンズから出ているバスに半日ほど揺られ、そこから山道を3,4時間歩いたところにある、人口二百人ほどの小さな村だ。幹線道路からさほど離れていないが、村に電気は通っていない。現在、この近くを流れる川で水力発電用のダムが建設されているのだが、そこで作られた電気は都市に送電され、村には回ってこないという。村人には電気料金を払う余裕がないのだ。

 僕をアメリカ人だと思っていた老婆に「ゴータレ村にとって一番の問題はなんですか?」と訊ねると、「水の確保だ」という答えが返ってきた。これはネパールの山村に共通した問題である。モンスーンが毎日のように雨を降らせる雨季はともかく、乾季になると片道30分以上もかかる場所まで歩いて水を汲みに行かなければならないのだ。

 しかし、ゴータレ村には数年前にコンクリート製の水タンクが作られ、数ヶ月分の水を蓄えることができるようになったので、水汲みの負担がずいぶん軽減されたのだそうだ。

 村の中心に置かれた高さ4メートルほどの巨大な貯水タンクによじ登って、蓄えられた水をバケツで汲み出すのは、女の子たちの仕事だった。タンクの屋根には傾斜がついているし、汲み出した水で濡れていてとても滑りやすいのだが、彼女たちは足場のことを気にかける様子もなく、慣れた手つきで水を汲み出していた。山村に住む人々は普段から険しい山道を歩き慣れているので、バランス感覚が抜群なのである。


少女たちが履いているのが安物のビーチサンダルだというのも驚きだった。



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