写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ

  たびそら > 旅行記 > インド編


 タミルナドゥ州とアンドラ・プラデシュ州との州境にあたる辺境地域は、人の住む集落もまばらにしかなく、立ち並ぶ椰子の木以外これといって見るべきもののない平凡な土地だった。僕は襲ってくる眠気と戦いながら、この退屈なメジャー・ロードをひた走っていた。
 そのときだった。目の前に不思議なかたちをした岩が忽然と現れたのだ。岩山自体はごく普通のかたちなのだが、山の斜面に突き立った細長い岩が目を引いた。まるで空から巨大な矢が落ちてきて、山の中腹に突き刺さっているように見えたのである。


 しかし本当に驚いたのは、岩のかたちがはっきりとわかる距離にまで近づいてからだった。何かに似ているな、と思ったのである。それに気付いた瞬間、自然と笑いがこみ上げてきた。
 どう見てもアレなのだ。アレにしか見えないのだ。そう、その岩は高さ10mに達しようかという巨大なペニスのかたちをしていたのである。

 違う角度から眺めてみても、やはりそれはペニスだった。ペニス以外の何ものでもなかった。
 この地域には不思議なかたちに削れた奇岩がそこかしこに点在している。岩山が風化の影響を受けやすい花崗岩でできているためだ。しかし自然の力だけでここまで精緻にペニスの形状が再現されているというのは、ほとんど奇跡に近いことではないだろうか。まさに自然の驚異である。


 僕は進路を変更して、ペニス岩をぐるりと回り込むように延びる道路を進んでみることにした。毎日この山を見上げている地元住民が、この岩のことをどう思っているのか気になったのだ。
 ペニス岩の真下まで行ってバイクを止めた。そして、天空に向けてそそり立つ巨大ペニスの偉容を、改めて写真に収めた。すると期待通り、近くの集落に住む人々が物珍しそうに集まってきた。

「あんた何撮っているんだ?」
 一人の若者が不思議そうに訊ねた。
「あれだよ、あれ」と僕はペニス岩を指さした。「とても変わった形をしているからね」
「ああ、そうだね」
 と彼は頷いた。そしてペニス岩を眩しそうに見上げて、再び僕の方に視線を戻した。僕は彼の表情を注意深く観察していたのだが、そこには何の変化も見られなかった。「やっぱりお前も気付いたか、ふふふ」というような含み笑いが浮かぶのではないかと密かに期待していたのだが、そんなそぶりは全く見られなかった。

「この岩の名前は?」
 と僕は訊ねた。特別な岩なら、名前ぐらい付いているだろうと思ったのだ。
「名前? そんなものはないよ。美しい岩。それだけだ」
 彼の返事は素っ気なかった。
「美しい岩?」
「ああ、美しいだろ?」
「そりゃまぁ、そうだけど・・・」
 僕は仕方なく同意した。確かにビューティフルだ。アメージングだ。しかし僕が聞きたいのは、そういうことではないのだ。この岩が他の何かに似ていないか、ということなのだ。より具体的にいえば男性器に。
 でも大勢の村人が集まっている前で、まさか「ペニスに似ていると思わないか?」と聞くわけにもいかないので、村人たちの本心を探ることはできなかった。

 インドでは男性器それ自体がタブー視されているわけではない。ヒンドゥー教のシヴァ神を祀る寺院には「リンガ」と呼ばれる円柱状の石が置かれているのだが、これは男性器を象徴するものである。ヒンドゥー教には昔からこの「リンガ」を女性器の象徴である「ヨーニ」と合わせて「豊穣の象徴」として祈る伝統があるのだ。

これがヒンドゥー寺院に置かれているリンガ

 だからこそ、僕はこの奇岩がただの「名もなき岩」として放置されていることが信じられなかった。このような巨大なリンガが大地にそそり立っている場所なんて滅多にないのだから、多くの巡礼者が訪れる聖地になっていても良さそうなのに。こんなユニークな観光資源を死蔵させておくなんてもったいない。などと考えてしまうのだ。

 あるいはこの岩をペニスに見立ててしまう僕の目には、卑猥なフィルターがかかっているのかもしれない。盛りのついた男子中学生みたいに、身の回りのものを何でもかんでも性的な事柄に結びつけようとしているだけなのかもしれない。その可能性も捨てきれない。

 だから僕はこの場にペニス岩を公開し、皆さんに問いたいのだ。
「この岩は何に見えますか?」


メルマガ購読はこちら Email :