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  たびそら > 旅行記 > バングラデシュ編


 バングラデシュは人口過密な国である。なにしろ日本の三分の一ほどの国土に1億5千万もの人口を抱えているのだ。シンガポールなどの都市国家を別にすれば、世界でもっとも人口密度の高い国である。右を向いても人、左を向いても人。これは決して誇張ではない。都市だけではなく、田舎を旅していても「人のいない風景」を見ることはほとんどない。

 人口が多く貧しい国の常として、バングラデシュの人件費はとても安い。だからどんな仕事でも機械任せにせずに、人の手で行っている。その方がはるかに安くつくからだ。バングラデシュはマンパワーに頼った国なのである。

 三輪自転車タクシー「リキシャ」は言うまでもなくバングラデシュのマンパワーを代表する存在だ。35万台以上ものリキシャがひしめいているダッカは文字通り「リキシャ・シティー」である。どこを見てもリキシャ、リキシャ、リキシャ。それは異常発生したバッタの群れを思わせる光景である。誰もが「身ひとつ」で始められるリキシャ引きは、田舎から都市部へと流れ込んできた労働者がもっとも就きやすい仕事なのだ。

[動画]ダッカを走る無数のリキシャ

 リキシャの競合相手はトラックであり、タクシーであり、牛車である。リキシャ引きの収入がタクシーの燃料費や中古車の購入費などを上回るようになれば、おのずとリキシャの数も減るのだろうが、今のところその兆候は見られない。今すぐにでもリキシャ引きをやりたいという人がたくさん控えているからだ。

「リキシャシティー」ダッカにはとんでもない量のリキシャが行き交う。

 バングラデシュでこれほどリキシャが発達しているのは、この国が山のほとんどない真っ平らな国土を持っているからでもある。いくら重い荷物を積んでいても、道が平坦である限り自転車を漕ぐ足はあまり疲れないのだ。

これから封切られる映画を宣伝して回るリキシャもいる。

 田舎に行くとリキシャに代わって「バン」と呼ばれる乗り物が主流になる。バンはリキシャから幌と座席を取り去り、代わりに平らな荷台を取り付けた代物である。三輪リアカーと言ったらいいだろうか。リキシャよりも製造コストが安く、人だけでなく荷物も運べるバンは、様々な用途に使えるので重宝されている。

 大量のバナナ。とんでもない量の藁。長い長い竹。大きな水瓶、牛の糞を乾燥させた燃料など、バンで運ばれている物品は「なんでもあり」である。運べないものはないと言ってもいい。

大量のバナナをバンに乗せて運ぶ。

こちらは牛糞を乾かしたもの。農村には欠かせない燃料だ。

3m以上もある長い丈も、ご覧の通りバンで運ぶ。

大量のワラを運ぶバンは3台連なって走行していた。

重い丸太だって運んでしまう。

大きな水瓶を載せたバン。これもかなり重そうだ。

 ラジシャヒの近くで見かけたのは、「家を運ぶバン」だった。二台のバンを連ねてトタンでできた小さな家(あるいは商店のようなもの)を運んでいたのだ。これには開いた口がふさがらなかった。一体どうやって家を荷台の上に持ち上げたのか。そもそもこんなものを人力で運ぼうという発想がどこか出てきたのか。本当に不思議だった。

驚きの「家を運ぶバン」。どうやって持ち上げたんだろう。そしてどうやって下ろすんだろう。


 レンガ工場もバングラデシュのマンパワーのすさまじさを物語る場所のひとつである。
 レンガ作りはすべての行程が人の手に頼って行われている。粘土を型枠に入れて押し固める人。それを並べて日干しにする人。干したレンガを運んで積み上げる人。石炭や薪などで焼き固める人。何十人もの労働者がそれぞれの持ち場に別れて働いている。


 圧巻なのは日干しレンガを頭の上に載せて運ぶ人々である。どの人も十個以上(多い人だと十四個!)ものレンガを載せて、急ぎ足で歩いていた。駆け足の人もいた。十個もの重いレンガを頭に載せてバランスを取るだけでも大変なはずだが、僕が見る限り途中でレンガを落とすようなヘマをやらかす人は一人もいなかった。さすがはプロである。

 それにしてもどうして彼らは急ぐのか。観察を続けるうちにその理由がわかってきた。この現場は歩合制なのである。つまりたくさんレンガを運べば、それだけ多くの給料がもらえるようなのだ。

 労働者は一往復するごとに丸いチップを一枚受け取っていた。これが後でカウントされて日当に反映されるようだ。効率の良い労働にはやはりインセンティブが欠かせないのだろう。ちなみにこのチップにはなぜか「SONY」と書かれていた。ソニーとレンガにどういう関係があるのかはまったく不明だったが。

 それにしてもタフな職場である。燃料の薪をくべる男はいつも汗だくだし、レンガを運ぶ男たちは埃を浴びて全身真っ赤である。そんな姿を間近で見ていると、僕の旅の苦労なんて苦労のうちにも入らないんだと思えてくる。バングラ的交通カオスの理不尽さにいちいち腹を立てている自分が、ひどくちっぽけな存在にも思えたのだった。

[動画]レンガ工場で働く人々


 一度、幹線道路で事故を起こしたバスのそばを通りかかったことがある。バスの運転手によれば、ステアリングが壊れて車をコントロールできなくなり、ブレーキをかけたものの、路肩の下に落ちてしまったという。幸いなことに、乗客も運転手も怪我はなく、車も再起不能というわけではなさそうだった。「スモール・プロブレムだよ」と彼は言う。

事故を起こしたバス

 路肩に落ちてしまったバスを引っ張り上げているのは、やはりここでも人だった。十人ぐらいの男たちがチェーンを引っ張ってバスを引き上げているのだ。なんでもクレーン車を頼むと8000タカかかり、人の力だと2000タカで済むのだという。ただし人力の場合には、作業が終わるまで3,4時間はかかるそうだ。

事故の復旧作業も人力に頼っていた。

 声を合わせてチェーンを引いている男たちは、こういう作業に慣れている様子で、仕事ぶりもテキパキしていた。もしかしたらこの辺では、この種の転落事故が頻繁に起こっているのかもしれない。


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