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  たびそら > 旅行記 > インド編(2015)


三色の鬼とライムの霊力


 地元の人は「あれは神様だ」と言うのだが、どう見てもそれはおっかない「鬼」の姿だった。

 タミルナドゥ州にあるエランピライという町で年に一度行われる祭りに登場したのは、つま先から顔まで全身を真っ赤に塗った赤鬼と、同じく真っ青に塗った青鬼だった。

 二人とも長髪のカツラを被り、つけヒゲを着け、歌舞伎役者のような派手な隈取りを施し、背中には大きな看板のようなものを背負っていた。相撲取りみたいにせり出したお腹には、大きく口を開けた虎の顔が描かれている。とにかく派手で人目を引くコスチュームなのだ。


 面白いのは、鬼たちがそれぞれの口にライムをくわえていること。彼らは気合いを入れるたびに、ライムを思いっきり噛みしめ、「あぁ酸っぱい!」というしかめっ面をするのだ。ライムを皮ごと噛むのだから、そりゃ酸っぱいだろう。見ているこちらもパブロフの犬みたく口の中にじんわりと唾が滲んでくるほどだった。

「ライムには聖なる力があるんだ」と祭りに参加している若者が教えてくれた。「一回噛んだライムはすぐに新しいものに交換される。新鮮なライムだけが神様に力を授けるんだよ」

 確かに酸には殺菌作用があるし、ライムの果汁には暑さで参った頭をリフレッシュする効果もある。インドの街角で売られている手作りジュースは、ライム果汁と炭酸水を混ぜて作られている。南インドの人々にとって、ライムは日常に欠かせない食べ物なのだ。


市場にも必ずライムが並ぶ

街角で売られている手作りジュースは、ライム果汁と炭酸水を混ぜて作られている。

年に一度行われるこの祭りは、若者たちの踊りで始まる。両手に刀を持ち、太鼓のリズムに合わせて踊るのだ。

奉納の踊りが終わると、いよいよ鬼たちが登場する。


 赤鬼と青鬼はうなり声を上げ、周囲を威嚇しながらのっしのっしと歩いていた。秋田の「なまはげ」のように幼児に顔を近づけてわざと泣かせたりもしていた。もっとも、インドの子供たちは肝が据わっている(あるいは騒音耐性が強い)ので、びーびー泣いたりはしないのだが。

 鬼たちの本当の目的は、祠に安置されている「サウンダマン」という名の女神を屋外へ引っぱり出すことだった。サウンダマンは霊験あらたかな町の守り神なのだが、シャイな性格なので、なかなか人前に現れない。その「ひきこもり系」の神様を信者の前に引っぱり出すために、ライムでパワーアップした鬼たちの力が必要なのだ。


あとから登場した緑鬼は、角を生やし、お腹には男性器(リンガ)を描いていた。






 青鬼と赤鬼、さらにあとから緑鬼も加わって、三人で共同戦線を張ってサウンダマンと対峙する。ご本尊を前にして鬼たちのテンションはさらに上がり、刀を振りかざして大声で叫び続ける。
「早く外に出てきやがれ! 出てこないとお前を切り刻んでしまうぞ!」



 もちろんサウンダマンは石の像だから何も答えない。しかし鬼たちにはサウンダマンの気持ちがちゃんとわかるらしく、脅したり、なだめたり、褒めそやしたりして、何とか外に出そうとする。そんな膠着状態が30分ほど続いただろうか。やっとこさサウンダマンが祠から出てきたときには、さすがの鬼たちもぐったりとした様子だった。

 サウンダマンは大人の男なら一人で持ち運べるほどの小さな石像である。鬼たちの迫力に比べると、拍子抜けするほど小さい。しかし町の人はサウンダマンの出現に驚喜している。「あぁ、今年もついに現れてくださった」と、ありがたそうに手を合わせるのだ。

サウンダマンは大人の男なら一人で持ち運べるほどの小さな石像だ


 サウンダマンはもちろん自分では歩けないので、足代わりになる男たちの助けが必要だ。両手でサウンダマンを抱えた男はトランス状態になり、あっちへふらふらこっちへふらふらと予測不能な動きをする。彼の意志ではなく、サウンダマンが彼を歩かせているというわけだ。両脇に控えた男たちが、千鳥足で歩き続けるトランス状態の男をサポートする。そうやって町中を練り歩き、人々に霊力を分け与えるのだ。

 祭りが終わると、余ったライムが配られた。僕もひとつもらったので、鬼たちを真似てガブッと丸ごと噛みしめてみたのだが、ライムの果汁が喉の奥に飛び散って、ゲホゲホとむせてしまった。ひょっとしたらこれも「慣れないことはやらない方がいい」という神様のお告げなのかもしれない。


お祭りで出会った少女。水瓶に入った聖なる水を頭に載せ運ぶ。

大きく目を開いてポーズを決める少年。彼も将来は鬼役になるのだろうか?



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