初めてなのに懐かしい風景
ベトナムの古都フエの町は意外なほど小さく、自転車で15分も走ると、景色は一変した。青々とした水田の中でのんびりと草を食む水牛。水門から勢いよく噴き出す濁った水。間近で聞こえる蛙の鳴き声。そんな田園風景の中で子供達が遊んでいた。
ベトナムは僕にとって初めてのアジアだった。それなのに、この国に来てからずっと「懐かしさ」を感じていた。市場の賑わいも、のどかな水田も、初めて目にするはずなのに、ずっと前から知っているような気がしていた。
僕は都会に生まれて、都会で育った。だからかつての日本の農村風景を記憶してはいない。
でも、ベトナムの風景には、僕の心を揺さぶる色が含まれていた。ベトナムの空気には、僕の記憶の奥底を刺激する匂いが含まれていた。
初めて見る「懐かしい」風景。その正体はまだわからなかった。僕の旅はまだ始まったばかりで、目的地さえはっきりと定まってはいなかったのだ。
この先、多くの道を歩き、多くの土地の空気を吸い込むことになるだろう。はっきりしているのは、それだけだった。