写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ

 トリンコマリー・ジャフナ間には、このような厳しい検問所が三ヶ所もあった。そのたびに僕はバックパックの中身を全部出してチェックを受け、再び詰め直さなければならなかった。そんなこんなで、到着時間はどんどん遅れることになったのである。

 荷物チェックが最も厳重だったのは、タミル人自治区への入域のときだった。持ち物ひとつひとつが若い兵士二人の手で入念にチェックされ、使い道がわからないものがあると、その都度説明を求められた。カメラやパソコンなどはともかく、彼らが見たことのないようなもの(たとえば使い捨てコンタクトレンズなど)について説明するのは、かなり骨が折れた。

 一番問題になったのはDVDだった。僕はデジカメで撮った写真データーをDVDディスクに保存しているのだが、そのディスクの中身をチェックさせろというのである。タミル人自治区には「ポルノなどの猥褻なビデオCDを持ち込んではいけない」という規則があるらしく、そういうものでないかを再生デッキでチェックするというのである。

「でも、これはDVDなので、VCDデッキじゃ映らないと思うんですけど」
 僕はそう英語で説明したが、見事に無視された。たぶん担当の兵士は、DVDという規格のことをよく知らなかったのだと思う。案の定、兵士がデッキにディスクを入れても、テレビ画面には何も映らなかった。それでも彼は何度もディスクを出し入れしたり、他のディスクを試したりした。だから最初から映らないって言ってるじゃねーか、と僕は心の中で何度も叫んだ。すったもんだの末に、兵士がDVDのチェックを諦めて、ディスクを全部返してくれたのは、そんな無益な作業を15分ほど続けた後だった。やれやれ。

 ようやく荷物検査が終わると、別室に連れて行かれて、パスポートをチェックされた。スリランカ人はみんな自分のIDカードを携帯しているので、それをチェックすればいいようなのだが、外国人の僕の場合は対応が違うのである。
 僕はパスポートを提出し、係官の質問に英語で答えた。それを担当しているのは、三人の女性兵士だった。三人とも二十歳そこそこという年齢で、なかなかの美人だった。

 最初は「どこに行くのか?」「何をしに行くのか?」「スリランカに来てどれぐらいか?」といったお決まりの質問に答えるだけだったのだが、やがてそれは「スリランカをどう思うか?」とか、「日本はどんな国だ?」とか、「結婚はしているのか?」といったプライベートな質問へと変わっていった。たぶん、この検問所を外国人旅行者が一人で通るのは、とても稀なことなのだろう。だから彼女達も形式的な質問ばかりではなく、興味本位でいろいろと聞いてみたくなったのだと思う。

 帽子からズボンまで深緑色の渋い軍服で身を固めていたものの、話してみると彼女達はごく普通のスリランカ人の女の子だった。
「君たちは結婚していないの?」と僕が訊ねると、
「だって、ここにはいい人がいないんだもん」とケラケラと笑った。
 彼女達の陽気な笑顔は、「つい2年前までスリランカ政府と内戦を続けていた武装集団」というLTTEの強面のイメージとは、全く結びつかなかった。


 タミル人自治区に入っても、周囲の景色はほとんど変わらなかった。南国の農村風景が延々と続くだけだった。しかし、スリランカ南部では決して見なかったものもあった。それは田んぼの中に打ち捨てられた装甲車の残骸や、壁に銃弾の跡が刻まれた廃墟などの内戦の傷跡だった。透明バイザー付きのヘルメットを被って、地雷除去作業に当たっている男の姿も何度か目にした。長く続いた内戦から、まだ完全に立ち直ることができていないスリランカ北部の現実が、そこにはあった。

ジャフナの郊外にも立ち入り禁止の地雷地帯があった。

 最後の検問所を抜け、この日五回目のバスの乗り換えを行い、目的地のジャフナに辿り着いたのは、宿を出てから十一時間が経過した、午後七時のことだった。当初の希望的観測の実に二倍以上もの時間がかかってしまったのである。この種のハードな移動には慣れているつもりだったが、この旅はかなりこたえた。ただバスの座席に座っていればいいというわけにはいかず、荷物を背負って右往左往させられたからだ。

 後で地元の人にその話をすると、「バスを乗り継いでジャフナにやって来る外国人なんて、聞いたことがない」と呆れられた。普通は飛行機を使うのだそうだ。そうすれば、タミル人自治区との停戦ライン付近の複雑な事情なんて、ひとっ飛びにできるのである。

 それが最初からわかっていれば、おそらく僕も飛行機を使っただろう。長く旅をしていると、このように「後で振り返ればもっといいやり方があったのに」と思うことがしばしばある。特に下調べもろくにしないで、行き当たりばったりで行動する僕のような旅人には。

 でも、そんなときに「無知だったおかげで、ここでしか得られない貴重な経験が得られたんだ」と前向きに捉えることも大切である。「行き当たりばったり旅人的ポジティブシンキング」とでも言ったらいいのか。そうでもしないと、辺境の旅なんて馬鹿馬鹿しくて続けていられないのだ。正味の話。



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