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  たびそら > 旅行記 > インド編(2015)


うさんくさい写真?

「あなたが撮った労働者の写真からは、どこかうさんくさいものを感じる。途上国の労働を過剰に賛美しているくせに、あなたは実際には額に汗して働いていない。それは偽善ではないか」
 という内容のコメントをもらったことがある。

 一枚の写真から何を感じ取るかは見る側の自由だから、中には「うさんくさい」という感想を抱く人がいても仕方ないとは思うのだが、「額に汗して働いている人間だけが労働者を撮る資格がある」という考え方は、はっきり言ってナンセンスだと思う。写真家が被写体をつぶさに観察し、深く共感し、愛するのはとても大切なことだが、被写体と「同一化」する必要はないからだ。

 農民を美しく撮るために自らも農業に従事する必要はないし、旋盤工を力強く撮るために自らも旋盤工として働く必要はない。経験の有無が写真に影響を与えることは否定できないが、それが決定的な要因ではない。すぐれたスポーツカメラマンが自らもすぐれたアスリートである必要はないし、女性を美しく撮るグラビアカメラマンのほとんどは(セクシーでもなければ若くもない)男性だ。

 僕はあくまでも部外者として「はたらきもの」を撮っている。それは「外部の人間だからこそ、そこにある美に気付くことができる」と信じているからだ。インドの小作農の多くは、自らの仕事が特別に美しいものだとは感じていない。彼らは当たり前の日常を淡々と生きている。誰が褒めてくれるわけでもない。そんな彼らに「光」を当てられるのは、その日常を当たり前だとは感じていないアウトサイダーだけなのだ。


稲の収穫を行う男。刈り取った稲穂を頭に載せて運ぶ。

刈り取った稲穂を田んぼに積み上げていく男たち

アンドラプラデシュ州中部の精米所で、米俵が何百個も積み上げられていた。精米所では集められた米をボイラーで乾燥させ、精米機にかける。

精米所には従業員が150人ほどいて、ここで精米された米の一部はバングラデシュなどに輸出されているそうだ。インドは米輸出国なのだ。


 たくさん汗をかいたら、そのぶん作品に値打ちが出るわけでもない。たいして汗をかかなくても素晴らしい写真を撮る人がいる一方で、たくさん汗をかいてもつまらない写真しか撮れない人もいる。写真の価値は「そこに写っているもの」が全てだ。

 しかしそれでも「額に汗すること」は決して無駄にはならない。僕自身はそう考えている。

 2010年夏、僕は他の誰よりも(という言い方はちょっとオーバーだが、本当にものすごく)汗をかきながら旅をした。重量が100キロもあるリキシャという乗り物で日本を一周していたのだ。体力の限界に挑み続ける過酷な旅だったが、あの5ヶ月間を支えていたのは、バングラデシュで額に汗しながら重い荷物を運ぶ本物のリキシャ引きの姿だった。彼らがあれだけ大変な仕事を毎日こなしているのに、俺が簡単にこの旅を投げ出すわけにはいかないじゃないか。そうやって自らを鼓舞し続けた。あんなに無謀でバカバカしい試みをなんとかやり遂げられたのは、「自分もリキシャ引きの一員として汗をかいているのだ」という思いがあったからだった。


大きな釜で数百人分のご飯を炊く男。結婚式で出される特別な料理のようだ。

素焼きの水瓶を作るオリッサ州の男。木のヘラでポクポクと叩いて、形を作っていく。


 インドの旅でも、いつも必要以上に汗をかいている。「エアコン付きの四輪駆動車に乗ってガイドと共に現場に向かい、ささっと写真を撮ってまた車に戻る」というようなプロっぽい旅は一度もしたことがない。小型バイクにまたがって嫌がらせのような悪路をひた走り、暑さと埃とお尻の痛さと常に格闘しながら、やっとこさ見つけた労働の現場を撮影しているのだ。

 効率はものすごく悪い。失敗も多いし、余計な時間もかかる。もっとスマートに撮る方法はいくらでもあるだろう。でも、この「無駄に汗をかく」やり方が、僕には一番合っているのだと思う。


建設資材になる川底の砂を運ぶ男たち。マッチョな男たちがパンツ一丁で働いている。

橋の上から川に網を投げる男。3センチぐらいの小魚が捕れる。


 僕は彼らと同じように働くことはできない。だからこそ、せめて彼らと同じように汗をかき、彼らと同じ目線でものを見て、彼らの体温を間近に感じながら写真を撮りたいと思っている。

 働く人は美しい。
 懸命に仕事に打ち込む人々の所作の中に、美しい光が宿ることがある。
 蒸し暑く薄暗い部屋の中で、なにか神々しいものが見えることがある。

 そんな瞬間を求めて、僕は旅を続けている。


紡績工場で働く女性

オリッサ州の山岳地帯に住む少数部族の女たちが、畑を開墾するために土を運んでいる。



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