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こんな陽気な表情を見せてくれるおばさんもいる。
 ネパールの農村において、主な働き手となっているのは女たちだった。日本では「男」という漢字は「田んぼの力」と書くが、ネパールの「田んぼの力」は間違いなく女である。昔のネパールはこうではなかったそうだが、今では「ジャパン・トキオ」にも歌われているように働き盛りの男たちの多くが都会や外国へ出稼ぎに行ってしまうので、農村に残された女が農作業の中心とならざるを得ないのだ。

 畑仕事をし、家畜の世話を行い、家事や育児も行う。女たちの働きぶりにはいつも頭が下がる思いだった。ネパールの女たちは美しかったが、日本で言うところの「おしとやかな」タイプではなかった。たくましさと強い存在感。それがネパール女性の特徴だった。そんな彼女たちの姿を、僕は何枚も写真に収めた。


 ネパール女性の思わぬ姿を目にしたのは、ぶらぶらと村の中を散歩していたときのことだった。
 朝の賑わいとはうって変わって、午後の村は静まり返っていた。家畜も出払っているし、子供たちも学校へ行っている。働きづめの女たちにとって唯一息抜きのできる時間だった。

 ある農家の前で、おばさんがタバコを吸っていた。年は50過ぎぐらいだろうか。気持ち良さそうに煙を吸い込んでは、ふーっと吐き出していた。妙に思ったのは、彼女の立ち方だった。おばさんはスカートの裾を少したくし上げ、肩幅よりもやや広めに足を広げて立っていた。そしてその足元には小さな水たまりができていた。ジョボジョボという音も聞こえてきた。そう、おばさんはタバコを吸いながら立ち小便をしていたのである。

 僕は呆気にとられて足を止めた。彼女はすぐに僕の視線に気が付いたが、驚いた表情を浮かべるわけでもなく、止めるわけでもなく(もちろん一度放出し始めたものを止めるのは誰にだって難しいが)、そのまま平然と小便を続けた。僕は慌てて視線を外して、すぐにその場から立ち去った。女性が立ち小便をする姿を目にするのは、それが初めてだった。

 何かの本で読んだのだが、戦前には日本の農村でも立ち小便をする女性が普通にいたのだそうだ。また、インドやバングラデシュなどでは、男が座って小便を行うのが普通である。それを考えると、「男が立って小便をし、女はしゃがんでするものだ」という通念は、あくまでも現代の日本においてのみ通用するものだということがわかる。

 しかしそれはそれとして、女性が立ち小便をしている姿というのは、やはりびっくりするものだった。何だか見てはいけないものを見てしまったような複雑な気分だった。


一家でトマトの収穫を行う。



青っぱながたれても気にしない。
 ネパールの子供たちを写真に撮っていて気付くのは、どの子も青っぱなを垂らしているということである。ティッシュペーパーなんてものがないということもあるのだろうが、みんなずるずると鼻を垂らしっぱなしにしている。母親がそれを見つけると、手で鼻をきゅっとつまんで、鼻水を絞り出し、出たものを家の柱になすりつけたりする。汚いような気もするが、ネパールにいればそれが当たり前なので、別に気にはならない。

 しかし、青っぱなを垂らしていたのは子供達だけではなかった。何を隠そうこの僕も、ネパールの山村を旅する間中、ずっと鼻をグズグズと言わせていたのである。風邪を引いたわけでもないし、もちろん花粉症などではない。ただ、鼻水が出る。それだけなのだ。

 青っぱなを垂らすのは、山村の環境に適応した結果なのだと思う。ネパールの山村は日中と夜の寒暖の差が大きく、夜になるとかなり冷えるから、喉や鼻を痛めやすいのである。だから喉や鼻の粘膜を保護する意味で鼻水が出ているのではないかと思うのだ。医学的根拠はないけれど。

 ふたつめの理由は、ネパール料理の辛さである。これは家によっても違うが、辛いところは本当に辛い。唐辛子を大量に使い、きついスパイスで香りを付けたホットなカレーが当たり前のように出てくるのだ。ネパール人の大人にとってはなんてことないようだが、慣れていない僕にとっては(そしてまだ年端もいかない子供たちにとっても)、辛すぎるのである。ネパールのカレーには「お子様用甘口」なんて概念は一切ないのである。





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